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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第297号

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ISASメールマガジン   第297号       【 発行日− 10.06.01 】
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★こんにちは、山本です。

 いよいよ「はやぶさ」が還ってくる6月になりました。
 カプセル回収班もオーストラリアへ出発しました。戻って来る時は、必ずカプセルを持ち帰ってくると信じています。

 第9回きみっしょんの募集も締切りが近づいてきました。(まだ間に合う!)
 来週水曜日6月9日必着で 応募申込みを郵送してください。

 今週は、宇宙探査工学研究系の豊田裕之(とよた・ひろゆき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:想像力
☆02:君が作る宇宙ミッション 参加者募集中(締切:6月9日)
☆03:金星探査機「あかつき」のクリティカルフェーズ運用結果について
☆04:今週のはやぶさ君 と 「はやぶさ」軌道情報
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★01:想像力

 5月21日午前6時58分22秒、金星探査機「あかつき」と、ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」を含む副衛星5機が、H-IIAロケット17号機によって打ち上げられました。この二機の探査機は、私が入所して初めて開発段階から関わらせていただいた探査機です。

 私が入所した年にX線天文衛星「すざく」が、翌年には赤外天文衛星「あかり」と太陽観測衛星「ひので」が次々と打ち上げられ、幸運にも私はそれらのフライトオペと初期運用に参加することができました。それはとても貴重な体験でしたが、私はその開発過程を知りません。だから打ち上げに際して、まるで我が子を送り出すような気持ちになったのは、今回の「あかつき」と「IKAROS」が初めてでした。


 私は電源系機器の開発に関わらせていただいています。どの機器もそれぞれの苦労や困難があるかと思いますが、「あかつき」の太陽電池パネルは難産でした。

 金星は地球よりも太陽に近く、金星軌道上では地球近傍の2倍の強さの太陽光が降り注ぎます。この強烈な光を受けて太陽電池パネルがあまりに高温になると、機械的強度や太陽電池の変換効率が低下してしまいます。それを避けるため、例えば欧州宇宙機関(ESA)が2005年に打ち上げた金星探査機「Venus Express」は、太陽電池パネルの約半分を鏡のような材料で覆って、熱入力を低減していました。

 しかしパネルの半分を鏡にしてしまうと、太陽電池セルは残りの半分にしか貼れなくなり、当然ながら発生電力も半分になってしまいます。「あかつき」は当初H-IIAよりも小型のM-Vロケットで打ち上げられる予定で、それに搭載できる大きさの太陽電池パネルには、鏡を貼るだけの余裕はありませんでした。その結果、最高で+185℃にも耐える太陽電池パネルの開発を余儀なくされました。

 関係者一同で知恵を絞り、高温に耐えるための様々な工夫を凝らし、何度も試験をして性能を確かめました。そうして、これならいけると判断した「あかつき」の太陽電池パネル。大丈夫なはずですが、金星に着いてからきちんと働いてくれるだろうかと、心配でなりません。


 一方で「IKAROS」は、大型膜面を展開するというミッション自体もちろん困難なものですが、電源系機器も「あかつき」とは別の意味で難産でした。

 「IKAROS」はとにかく低予算、短期間で進められたプロジェクトです。それでいながら一定の信頼性が求められたため、「IKAROS」には他衛星の部品がいくつか流用されています。電源系機器では、月探査衛星LUNAR-Aのバッテリ(フライトモデル)、小惑星探査機「はやぶさ」のスイッチングレギュレータ(開発モデル)がそれです。どちらもきちんとした衛星用に作られたものですから素性は良いのですが、少々古いのが気になります。また、普通は各衛星に最適化して設計するところを、大は小を兼ねるの発想で搭載しています。

 逆に太陽電池パネルは新規に製作で、上に述べた鏡のような材料を太陽電池セルと一列おきに貼っており、また形状が円形という過去に例のないものでした。

 そんなわけで、打ち上げられた日の夕方に「IKAROS」からの信号を無事に受信できた時は、ある意味で「あかつき」以上の喜びがありました。


 全く対照的な二機ですが、どちらも手塩にかけて育てた可愛い我が子です。
今まで教えたことを忘れずに立派に働いてきてほしいと思う一方で、あんな辛いところに行かせるなんてと不憫に思ったりもします。


 さて、こうして諸先輩方にご指導いただきながら開発を進めて行く中で、また様々なミッションの構想を聞かせていただくと、私はいつも人間の想像力とは何と素晴らしいのだろうという思いを新たにします。

 地球上に生きる生命はどれも素晴らしいものですが、中でも人間を万物の霊長たらしめているものは何か。私は、それが想像力だと思っています。遠い世界や、遙かな過去・未来に思いを馳せる力。人には知覚できない微視的・巨視的な現象を観察し、体系化する力。新しいものを考え出し、それを具現化する力。地球上の他のどんな生命も(恐らくは)そのような力を持っていません。

 それでは、その想像力はどこから来ているのか。それは宇宙を進化させ続ける力と同根であるように感じます。

 生まれたばかりの宇宙は、素粒子の飛び交う極めて一様な世界だったと考えられています。それが一様のままにはとどまらず、そこから原子が生まれ、星や銀河が誕生と消滅を繰り返し、ついには生命が誕生しました。気の遠くなるようなその過程に思いを馳せると、神や宗教といった概念から離れても、何か宇宙を前向きに進ませる力のようなものを感じずにはいられません。そし てその進化の過程で生み出された人間にも、やはり進化に寄与するための力が分け与えられていて、それが想像力であるような気がするのです。


 「あかつき」と「IKAROS」は、おかげさまで無事に打ち上げられ、金星に向かう軌道に乗せられました。彼らが見せてくれる世界は、きっと私達の想像を上回るものになるに違いありません。そしてそれが私達を次の夢へと導き、それを実現する楽しみへと導いてくれるでしょう。皆様には引き続き応援していっていただければ幸いです。

(豊田裕之、とよた・ひろゆき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※