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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第286号

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ISASメールマガジン   第286号       【 発行日− 10.03.16 】
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★こんにちは、山本です。

 ひと雨ごとに サクラの花芽が膨らんでいます。今年の開花は何時になるのでしょうか?

 今週号は、「はやぶさ」の話題満載ですが、先週号でもお知らせした「IKAROSメッセージキャンペーン」の締切が、3月22日(月)まで延長されました。
詳しくは、下記サイトへ
新しいウィンドウが開きます http://www.jspec.jaxa.jp/ikaros_cam/j/index.html

 今週は、高エネルギー天文学研究系の馬場 彩(ばんば・あや)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:「すざく」衛星USC運用当番のとある一日
☆02:はやぶさの帰還とカプセルの再突入・回収にむけて
☆03:「ひので」衛星、太陽極域に強い磁場を発見!
☆04:巨大ブラックホールの失われたスピン
☆05:今週のはやぶさ君 と 「はやぶさ」軌道情報
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★01:「すざく」衛星USC運用当番のとある一日

 羽田空港から鹿児島空港まで飛行機で2時間。異国情緒たっぷりのソテツが出迎えてくれるが、まだ道のりは長い。空港から高速バスに乗り噴火中の桜島を横目に眺めながら、大隅半島の中心都市鹿屋まで1時間40分。さらにタクシーで1時間近く走ると、肝属郡肝付町という小さな港町にたどり着く。そのままさらに15分ほど車で山を登ったところに、宇宙研の数々のロケット・人工衛星が打ち上げられた内之浦宇宙空間観測所(USC)はある。

 「すざく」衛星チームのメンバーは大学院生も含めて全員、一年に一度程度2週間(または10日)USCに運用当番でやってくる。実際に衛星と交信し、観測指令を出し、データを受信するのだ。「島流し」という人もいれば「夏休み」という人もいるが、性格と嗜好、過去にUSCでどんな目に遭ったかに大きく依存する。

 USCにたどり着いた時には、既に夕方4時だった。運用室に入ると、今週まで当番だったメンバーが出迎えてくれる。「すざく」運用で最近変更された点、どの天体の観測まで終了したか、入所時の暗証番号、新しく入ったプリンタの使い方、などなどを引き継ぐ。晩御飯は賄いのおばちゃん(お姉さん)の作ってくださった豚カツなどを、電子レンジで温めて頂く。運用時間帯にもよるけれど、町で買ってきた芋焼酎「小鹿」を楽しむ人もいる。

 次の日から早速運用当番。「すざく」は約90分で地球を一周し、一日15周のうち5周はUSC上空を通過する。一周中に交信できるのは10分程度。衛星入感(アンテナで地平線から昇ってきた衛星からの信号を捕捉すること)10分前に点呼を行なう。みんな席に座ってヘッドホンマイクをつけているか。アンテナは衛星が昇ってくる方角をきちんと向いているか、衛星に送る運用計画は正しいものか、衛星が健全かチェックするソフトウェアは起動しているか。その日最初に衛星が入感する時は毎日、衛星が無事に帰ってきてくれるよう思わず神頼みしてしまう。
「Sバンドロックオン」
という局運用管制さんの声は、鹿児島上空に帰ってきた「すざく」を無事補足した合図だ。ほっとする間もなく、衛星の健康状態をチェックし、明日の運用計画を衛星に送り、衛星が一日観測していたデータをダウンロードする。あっという間に衛星が地平線の向こうに沈む「消感」時刻だ。

 運用と運用の合間も結構ばたばたしている。今ダウンロードしたばかりのデータをチェックし、検出器が健全に動いているか確認する。また、90分後の運用に備え、運用指令を作成。そうこう言っているうちに、明日衛星にアップロードする運用計画もやってきて、チェックしないといけない。お昼ご飯も宿舎に食べに行かなくちゃ。今週はUSC内のほとんど全ての電話がIP電話に変えられたため、新しい電話番号の確認と運用当番マニュアルの改訂も行なう。ああ、もう次の運用の10分前。こんな風にして、あっという間に運用当番の一日は過ぎていく。今回は運用時間帯が昼間だったから良かったけれど、夜中1時から朝10時くらいまで、なんて時は、運用の合間にも椅子で寝込んでしまうこともある。そもそも衛星が万全の状態ではないことが分かった場合、どこがどのように万全ではないのか、どのようにして回復させるのか、対応で 走り回ることになる。結局いつも、USCでは東京で出来なかったこの仕事をしようとか、休憩時間に長坪観音にお参りに行こうとか、考えているけれど、達成できた試しがない。

 その日の運用が全て終わった後には、一日かけてダウンロードした観測データのチェックだ。「すざく」は天体の発する「X線」を調べることで宇宙の様々な現象を調べる「X線天文衛星」である。X線は、目で見える光や携帯電話の電波と同じ、「電磁波」と言われる光の一種である。我々の周辺では、X線はあまりなじみがない。物質がX線を出すためには、数百万度から数億度と言う信じられない高温になっていたり、光速に近くまで加速したりしないといけないからだ。しかし宇宙には、そんな恐ろしい環境が、そこかしこに存在する。星が爆発して死んだ残骸、太陽の100万倍の質量を持つ超巨大ブラックホールから噴き出すジェット、銀河の集合「銀河団」を取り巻く高温ガス、…。実は、宇宙の物質の80−90%は、X線でないと見えないことが分かってきている。でも、普段はそんなことすっかり忘れている。いつものようにデータを調べながら、ふと、「今日「すざく」が観測し私がチェックしているこの画像はそんな恐ろしい世界の一部を人類が初めて捉えた瞬間なのだな」と、その瞬間に立ち会っていることに身震いしたり。

「ばんばさーん、晩御飯いきましょうー」
というもう一人の当番の言葉ですぐに現実世界に帰ってくる。おばちゃん、今日の晩御飯は何を作ってくれたんだろう。そして明日は日曜日。町は端から端まで歩いても15分くらいだから、やることは限られているけど、南国の小さな町で過ごせる貴重な休日だから、もちろん楽しむ予定。あそこでラーメン食べて、あそこで温泉に入って、あそこでお刺身定食を食べて…と妄想は膨らむ。衛星は、こんな「普通の」人間によって日々開発運用が行なわれ、今日も世界の最先端を走り続ける。

(馬場 彩、ばんば・あや)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※