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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第284号

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ISASメールマガジン   第284号       【 発行日− 10.03.02 】
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★こんにちは、山本です。

 週末の日本列島を揺るがした【チリ地震津波】。気象庁の予測より、実際の数値は下回っていましたが、テレビのニュースで流れる観測地点を見ていると、日本列島を網羅していて、地球を半周して押し寄せてくる巨大地震の余波の怖さを感じました。

 今週は、宇宙構造・材料工学研究系の南部陽介(なんぶ・ようすけ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙科学に育てられて
☆02:IKAROS × Light Sail共同応援キャンペーン(3月14日締切)
☆03:「はやぶさ」軌道情報
☆04:今週のはやぶさ君
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★01:宇宙科学に育てられて

 少し前になりますが、昨年10月に韓国大田市でスペースフェスティバルというイベントがありました。IAC(国際宇宙会議)という宇宙業界で最も大きな学会の開催に合わせて行われたお祭です。一般の方々に宇宙をもっと良く知ってもらうために、韓国の大学や企業などが中心となって、宇宙飛行士訓練の模擬体験や水ロケット教室など様々なブースが出展されていました。

 JAXAも、私を含めISASの学生4名が中心となって、“Let's think your space mission!!”というブースを出展しました。
来場した方々に「宇宙で何をしたいか」を紙に書いて頂き、ひたすらコルクボードに張っていくというブースです。2日間の出展で300を優に超える数の夢が集まりました。人々の宇宙への思いで溢れ返ったコルクボードの壮観な姿は、今も脳裏に焼きついています。最も多かった「宇宙でしたいこと」は、「エイリアンに会いたい」などエイリアンにまつわるものでした。韓国人は、よほどエイリアンが好きなようでした。協力してくれた地元の大学院生の話によると、韓国映画の中で最も興行収入が高いものはエイリアン映画だとか。
ちなみに、日本の小学生に「宇宙でしたいこと」を書いてもらうと、「宇宙で野球がしたい」など遊びに関するものが最多でした。きっとドラえもんの影響でしょう。

 私たちのブースには、小学校低学年の子供たちがたくさん来てくれました。その子たちの多くは、生まれてはじめて「宇宙で何をしたいか」を考えたのではないかと思います。子供たちがはじめて宇宙に思いを馳せた瞬間に立ち会えたこと、そういう機会を設けることができたことを大変光栄に感じます。

 一方、ISASでは、毎年夏休みに、高校生を対象とした合宿形式の体験学習プログラム「君が作る宇宙ミッション(きみっしょん)」を開催しています。4泊5日でISASに泊り込み、5人から6人のグループを作り、朝から晩まで宇宙ミッションを作るというイベントです。きみっしょんでは、参加する高校生の2倍近い数の大学院生がサポーターとして参加していますが、「自ら考え、自ら決定し、自ら作業する」をモットーとしており、答えを教えるといった類のことは一切行いません。韓国でのイベントは「何をしたいのか」を考えるものでした。きみっしょんは、それに加え、「なぜしたいのか」と「どうやって実行するのか」を考えるものとなっています。宇宙ミッションを作ることを通じて、高校生には、知恵を絞る楽しみや自分の行動に対する責任感、そして仲間と共に全力でひとつのことに取り組み成果を挙げたという達成感や喜びといった、彼ら(彼女ら)が将来を考える上で良き糧となる経験を得てほしいと考えています。写真が趣味の私は、きみっしょんに参加した高校生の表情を数多撮影してきましたが、来たときと帰ったときでは、まるで別人です。子供はちょっとしたきっかけで大きく成長するものだと、3年後に三十路を迎える私は少し複雑な気持ちになります。


 以上ふたつのイベントで共通することは、「考えるきっかけ」と「考えたことを発する機会」を与えていることです。このふたつが、子供の教育には不可欠であり、学校や塾では与え切れていないものなのではないかと思います。一方、大学院で研究をはじめると状況は変わり、どちらの機会も目一杯あります。


 私は、大学を卒業後、修士課程で2年、博士課程で3年大学院に在籍しました。つまり大学に9年間もいたわけです。一般の人よりもだいぶ長く学校教育を受けたわけです。長い学生生活の中で、「なぜ、莫大なお金をかけてまで、科学を研究するのだろうか」という疑問が度々沸いて来ることがありました。「そのうち役に立つかもしれない」で済ませてしまうには、あまりに多額の税金が使われているようにも思えます。その疑問に対し、学生なりに得た答えは 「人を育てるための科学」という見方です。


 私は、中学生の頃、虫唾が走るぐらいに数学を苦手としていました。数学の授業が嫌いだったために、数学自体も嫌いになってしまったのです。そんなとき、科学雑誌NEWTONを通じて、物理学が語る不思議な宇宙を知りました。瞬く間に宇宙に魅せられた私は、より深く宇宙を理解するために、大嫌いだった数学も勉強するようになりました。もし、宇宙科学がなかったら、私は、数学にも物理学にも興味を抱くことはなく、また縁のない人生を送っていたことでしょう。その実体験から、優れた科学雑誌が身近にあることが、数学や物理学から子供たちの興味をそらさない最良の手であると確信しています。千のお説教より、一の科学雑誌です。

 優れた科学雑誌が身近にあるためには、第一線で活躍する研究者が日本にいなくてはなりません。日本人には、日本人が日本語で書いた文章が最も心に響きますから。子供が好きな童話と言えば、「ジャックと豆の木」よりも「桃太郎」ですよね?したがって、ISASをはじめ、第一線で活躍する研究者が日本にいるということは、子供たちにとって大きな財産だと思います。逆に、一流の研究者が日本から去ってしまい、科学雑誌がすべて海外の雑誌の翻訳になってしまうような未来を想像するとゾッとします。


 さらに、科学には、学習の動機となる側面だけでなく、科学の研究を通じて、いろいろな能力を磨くことができるという側面もあります。

1.情報を整理する力
2.問題点を洗い出し、問題を設定する力
3.仮説を立てる力
4.検証する力
5.人に伝える力
6.行うべきことを遂行する力

 以上は、研究を行う上で必要とされる力であり、研究を行うことで磨かれる力です。これらが身に付いている人であれば、研究者としてだけでなく、社会に出たとしても活躍できることに疑いの余地はないと思います。したがって、研究を通じて学んだものは、社会に出ても役に立つのだと思います。

 そして、研究を指導できるのは、優れた研究者のみです。

 一昨年、きみっしょんスタッフが中心となり有志でISAS若手勉強会というものを立ち上げました。「宇宙研が一流の研究者による一流の人材を育成する組織であり続けるために、我々は一流の学び手であろう」という理念を掲げ、理学工学の垣根を越えて、研究発表会やディスカッションを行ったりしています。この活動は、科学の研究を通じて学べるものを最大限得たいと同時に、自分たちの成長を成果と捉え、その成果を以って優れた教育機関としてのISASを守りたいという気持ちの現われでもあります。


 科学は技術を生むというけれど、実際には、科学が人を育み、その人が技術を発展させ価値を創造するという側面の方が大きいのではないでしょうか。科学そのものが役に立つかどうかではなく、科学が間接的に生み出すものに目を向けることも大切なことだと思います。実際、小学校以降、学校教育を受けた21年間の中で、大学院にいた5年間ほど充実した教育を受けた期間はありませんでした。役に立つか立たないかで科学を仕分けしたのでは、科学の本質を見失いかねません。「人を育てるための科学」という側面から見れば、科学を 大切にすることは、子供たちの未来を守ることにつながると言っても過言ではありません。今後、NEWTONだけでなく、例えばEINSTEINやFEYNMANなどなど、個性豊かな科学雑誌が次々と生まれていくことを期待しています。


 この記事は、科学には「真理の探究」という大目標の他に、「人を育てる」という別の目的もあるということを述べようとしたものだったのですが、なんとなく伝わったでしょうか?後者は波及効果ではなく、実は、大切な目的だというお話でした。学生というものは、過程に責任を持ち、結果には責任を持たないことが常です。結果に責任を問われるプロの科学者とは少し意見が異なるかもしれませんが、若者の一意見として、頭の片隅にでも残しておいて頂ければ幸いです。


 未熟な文章を最後まで読んでくださった読者の皆様に、心より感謝申し上げます。

(南部陽介、なんぶ・ようすけ)

【参考URL】
きみっしょん
新しいウィンドウが開きます http://www.isas.jaxa.jp/kimission/

IAC学生派遣プログラム
新しいウィンドウが開きます http://edu.jaxa.jp/education/international/ISEB/

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※