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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第281号

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ISASメールマガジン   第281号       【 発行日− 10.02.09 】
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★こんにちは、山本です。

 2月11日で「おおすみ」40周年になります。ISASニュースの編集委員会でも40周年の特集記事について検討したのですが、出て来る名前が物故された方の名前ばかりで、
「霊界通信でもして 記事を集めますか」
なんて冗談も飛び出しました。改めて40年という時間の長さを感じました。

 今週は、宇宙航行システム研究系の川勝康弘(かわかつ・やすひろ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:人事を尽くせば天命も・・・
☆02:PLANET-C/あかつき 最新情報
☆03:小惑星探査機「はやぶさ」軌道情報
☆04:今週のはやぶさ君
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★01:人事を尽くせば天命も・・・

 金星探査機「あかつき」の打ち上げが近づいてきました。私は「あかつき」の姿勢軌道制御系の開発を担当してきましたが、探査機の総合試験も最終段階に差し掛かり、製品としての完成まであと一息です。

 完成した「あかつき」は、博物館に飾っておくわけではありません。ロケットで打ち上げ、金星に送り込み、科学データを取得して、「金星の大気の謎を解明する」というミッション(使命)を達成しなければなりません。そのためには、打ち上げた「あかつき」を正しく機能させ使いこなす、すなわち運用する必要があります。私は姿勢軌道制御系の担当として「あかつき」の運用にも参加します。

 私が衛星・探査機の運用に参加するのは、この「あかつき」で4回目になります。これまで「こだま」「あかり」「かぐや」の運用に参加し、幸い、どのミッションも成功しています。

 運用の成功するとはどういうことでしょうか。一言で言えば、ミッションを達成することです。もちろん、すべてが計画どおり進行するならば、それに越したことはありませんが、打ち上げ前に本番と全く同じリハーサルができるわけではないので、実際には予定外・予想外のことが起こります。そのような状況になっても、事態に対処し、問題を克服し、最終的にはミッションを達成する。そのために重要なのが事前の準備です。運用を成功させるための準備には3つのステップがあります。仕掛けの準備、流れの準備、そして頭の準備です。


 設計段階で探査機に作り込む「仕掛け」には様々なものがあります。機器の故障に備えて予備の系統を搭載しておくのもその一例です。私がとくに重要だと考えているのは「セーフモード」という仕掛けです。はるか遠くにある探査機で問題が発生しても、原因と対策がすぐにわかるケースばかりではありません。「何かがおかしい。でも危ない。」このような場合、探査機が即死・頓死に至ることがないように、すべての作業を中止して探査機を安全な状態(セーフモード)に移します。セーフモードでは、電力の確保・通信の確立・熱的な安定を最優先にして探査機を守ります。探査機が安全な状態にあれば、余裕を持って原因の究明や、対策の検討・処置にあたることができます。このようなセーフモードを準備した上で、いつ、どこで、どんな問題が発生した場合でも、確実にセーフモードに移行できるだろうか、と考えながら探査機を設計します。

 「かぐや」では、このような観点から、設計の最終段階で通信系の配線方法を見直しました。当初の設計は、伝送ロスを最小にすることを狙ったもので、通信系の性能という観点からは最適なものでした。ところが、アンテナの配置や太陽・地球・月の位置関係を考えると、セーフモードに移行するタイミングが悪い場合、この配線方法では数週間に渡って地上との通信が途絶する可能性があることがわかりました。セーフモードに移行して電力と熱がいくら安定した状態にあっても、それを知らせることができなければ、地上は大騒ぎになります。幸いにも、配線方法の変更による性能の低下は充分に許容できる範囲にあったため、セーフモードに移行した場合でも確実に通信リンクが確立できるように配線方法を見直すことにしました。

 次に、設計段階で作り込んだ「仕掛け」が考えたとおりにはたらくか、時間の流れ・情報の流れ・人の流れを考慮して運用手順を組み立てます。たとえば、設計段階で
「太陽電池パドルが駆動できなくなった場合は、探査機自体の姿勢を変更して太陽電池を太陽に向け電力を確保する」
と考えていたとします。しかし、これだけでは実際に問題が発生した時に適切に対処するのは難しいでしょう。これを実際の運用の中で実行に移すためには、
「異常を検知(認識)するまでの時間」
「復旧までに許容される時間」
「目標姿勢を算出するために必要な情報」
「その情報を提供する人」
等々を考えながら具体的な手順を組み立て、その見通しを立てておく必要があります。

 また探査機の設計においては、予算面や技術上の制約を考えて「あえて対処しない」としている問題があります。たとえば機器の二重故障などは、その種の問題の代表例です。しかし「設計で対処しない」からといって、実際に問題が起こった時に手放しで見ているわけではありません。運用による対処で探査機を救える場合もあるからです。このような場合についても、重要で緊急性の高い事態については事前に手順を考えておいて、実際に問題が起こった時に速やかに最善の対応がとれるように準備しておきます。

 「あかり」では、技術(質量)・コスト・リスクの最適なバランスをとった結果として「打上直後に太陽センサが故障した場合にはミッションを喪失する」というリスクを受け入れていました。この設計自体は衛星の設計ポリシーに合致した判断なので問題はありません。しかし、実際の運用でこのような事態に陥った場合のことを考えると、重大な結果を招くことは明らかだし、対処のための時間的余裕がないことも予想されたので、どのようなことができるのかを運用チーム内で事前に検討していました。打ち上げ当日、太陽センサは故障しなかったのですが、不幸にも使えない状態になっていることがわかりました。我々は、太陽電池の出力を見ながら適切なタイミングで衛星の回転を止めるコマンドを送り、衛星を危機から救うことができました。


 ここまでで述べたのは「事前に予想される問題」に対する準備です。しかし実際の運用では「予想外の問題」が発生することがあります。そのような場合でも、状況に応じた正確な判断と速やかな決断が求められるのですが、そのためにできる準備は限られています。頭のチューンアップぐらいでしょうか。一つは、その探査機、その運用について、よく勉強しておくことす。探査機の機能や運用手順についての文書をよく読み「何ができて、何ができないか」をよく理解しておきます。もう一つは、運用に集中することです。普段は、いくつかの仕事を並行して進めているのですが、運用期間中は可能な限り運用に集中しようと心がけています(運用が気になって他の仕事には身が入らない、という方が正しいかもしれません)。雑念は判断力を鈍らせます。

 前に少し触れたように「あかり」は運用初期に大きなトラブルに見舞われました。しかし、その逆境のため運用チームに緊張感があったからか、目立った運用ミスもなく、打ち上げからひと月半後、無事に観測を開始することができました。打ち上げから二年になろうとする頃、軌道制御を実施することになりひさしぶりに運用チームが集まって運用にあたりました。手順もしっかり準備し、入念なリハーサルもおこなっていたのですが、本番で問題が発生し、打ち上げ以来初めて衛星をセーフホールドに入れてしまいました。リハーサル時のデータを注意して見ていれば気付いたはずの問題でした。手と体は正しく動かしていても、集中力が充分ではなかったのかもしれません。


 「かぐや」の運用に参加した私の仕事の一つは、バックアップ軌道を準備することでした。何らかの理由で「かぐや」の月周回軌道投入がうまくいかなかった場合のために、数ヶ月後に月と再会合して周回軌道投入に再チャレンジできるような軌道計画を準備していました。なかなか大変な作業だったこともあり、「かぐや」が無事に月周回軌道に投入された時に「せっかくバックアップ軌道を準備してたのに、、」と冗談を言ったところ、運用メンバーの一人から「しっかり準備をしていたからこそ、何事もおこらず、うまく行ったんですよ」と言われました。

 しっかりと準備をすればするほど、問題が発生する可能性が低くなる。
人事を尽くせば、天命も・・・。
まったく科学的ではないかもしれませんが、それが真理なのかもしれません。

(川勝康弘、かわかつ・やすひろ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※