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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第280号

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ISASメールマガジン   第280号       【 発行日− 10.02.02 】
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★こんにちは、山本です。

 今日の気象予報は、関東地方で未明まで雪となっていますが、果たしてどれくらい積雪するのでしょうか?(この歳になると、雪が降ったら仕事は若い人にまかせて休みたい……)

 今週号の筆者:山崎さんによると『冬は論文の季節』ですが、『シンポジウムの季節』でもあります。12月から3月にかけて、ISASでは毎週、何らかのシンポジウムや研究会が開催されています。

 今週は、高エネルギー天文学研究系の山崎典子(やまさき・のりこ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:冬は論文の季節
☆02:「おおすみ」40周年記念シンポジウムの企画展示
☆03:小惑星探査機「はやぶさ」軌道情報
☆04:今週のはやぶさ君
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★01:冬は論文の季節

 冬の相模原は寒いです。丹沢の山が白く見え始めるころから、吹き下ろしの風が強くなり、体感では都内より気温にして2度くらい低いのでは?

 冬の風物詩、年中行事というと、皆さんは何を思い浮かべるのでしょう。研究者になって早10数年、冬といえば、、「論文の季節」です。

 御存知かどうか解らないのですが、宇宙研は研究機関であると同時に教育機関としての側面もあり、180名以上の大学院生、さらに卒研生等が出入りしています。多くのスタッフが大学院の教員を兼ねていて、総研大、東大、東工大などの大学院生が宇宙研を本拠地として開発実験、衛星運用、衛星を用いた観測などを行なっています。そして大抵の大学院では1月から2月に卒業論文、修士論文、博士論文の審査が行われ、そこにむかって本人も指導教員も締め切りに追われていくわけです。最近では、修士号・博士号をとってからの進路は多様化していますが、いわゆる「博士の卵」たちの苦闘を御紹介してみようと思います。私は、東大大学院の物理学専攻を兼任していますので、この分野の例に偏ってしまうかもしれませんが、御容赦ください。

 博士論文には、「新しい科学的知見」が示されていなくてはなりません。私たちの分野では人工衛星を用いて観測したデータを解析することによって、宇宙について新しいことがわかった、といえることが多いですが、それでも
「前から解っていたことに一例付け加えただけじゃないの?」
「ただのデータではなくて“知見”というのはちゃんとした考察がいるよね」
という批判に堪えなければいけません。結局、小学校の理科の実験ノートに書いた「目的、方法、結果、考察」と同じことなのですが、英語で100ページを越えるような論文を書き上げる必要があります。
なんでこんなに長くなるか?
というと、でた結果に誤差はどうつけるのか、を調べていくのが大変だから、という場合が多いです。有効数字とか誤差の付け方、とか、中学校でも習っていると思うのですが、観測結果が新聞発表などになるとき、例えば「温度が200万度+/−20万度で決まりました」というような誤差をつけた言い方はあまり好まれず、誤差無しで書かれてしまいます。誤差がある⇒結果が信用できない、と思われることがあるようですね。
ところが、研究者の目からすると逆でして、誤差というのは、「いろいろな場合を考え尽くしても、結果はこの範囲に含まれますよ」という宣言です。誤差が決められない、というのはどういう結果か保証できていないのと同じで信用することができないのです。そのために、検出器の作りや軌道上での状態の変化、モデルの再現性など様々なことをチェックしていきます。結果を最初にだしてから、誤差を決めるための作業量がざっと10倍くらい、というのがよくあるケースですね。(3倍ではまず終わらないです。)この作業は12月に入ると厳しさをまし、例えば12月のある日曜日、ある学生との論文に関するメールが20通往復しているようなこともありました。
人によりますが、英語も一つの壁です。PCでスペルチェックはできるようになりますが、文法チェックは難しいので、「3人称単数現在のs!」みたいな中学生用語が飛び交いつつ、推敲を重ねていきます。

 論文を書き上げて提出すると、次はいよいよ審査です。審査員は、物理学専攻の場合、指導教員は含まずに、理論実験を含んだ5人、という分野は少し違えどその道のプロ集団というので構成します。審査は公開で行われ、本人が40分から1時間程度のプレゼンテーションをし、審査員でなくても聞いたり質問したりすることができます。
発表内容のよしあしも重要です。審査会のことを英語では“Defense”というそうです。スポーツの試合での「防御側」と同じで、では審査員を「攻撃側」とする試合が繰り広げられるというわけです。
審査会の前にも、まずは研究室で練習、他の研究室の学生やスタッフも含めて発表会、と5〜6回の練習を繰り返し、そこでのコメントで改良して臨むのが普通です。大抵の場合、最初の発表練習は4〜6時間くらいかかり、発表資料の原形は無くなってしまいます。
1月の会議室は衛星プロジェクトと大学院生のとりあいで、ほとんど空きがないような状態で、スタッフのスケジュール表も満杯というか、隙あらば相談、昼ご飯たべながらも相談、という状態が続きます。
スタッフは、逆に他の論文の審査も頼まれます。専門から少しずれた分野でも先端の研究内容を理解しなくてはいけません。自分の勉強不足を反省しつつ、審査会という締め切りまでに読み解くことになります。審査会も、ある時期に集中してきますので、今週は週に4日、自分の指導する学生を審査されたり、逆に審査したり、ということになりました。まだ、指摘事項の修正などが残っており、教授会での承認も済んでいませんので、すべてが終わったわけではないのですが、山を越えたという感があります。
厳しい批判に堪え、論文審査を終えた学生達は、能力3倍増!(当社比、体感値)くらいに成長して旅立っていくことになります。

 そして、気がつくと1月ももう終わり、立春も近づいてきました。
「論文の季節」が今年も過ぎていきました。

(山崎典子、やまさき・のりこ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※