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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第277号

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ISASメールマガジン   第277号       【 発行日− 10.01.12 】
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★こんにちは、山本です。

 年明けのISASは、毎年シンポジウムのラッシュです。いつもはカジュアルなシャツやセーターのKさんやYさんが、Yシャツ、ネクタイ、ジャケットで歩いています。廊下で会った時に
「今日は、何かあるんですか?」
と聞いてしまいました。

 今週は、宇宙科学技術センターの中部博雄(なかべ・ひろお)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:シロクマの恐怖
☆02:特集:JAXAの太陽系惑星探査
☆03:小惑星探査機「はやぶさ」軌道情報
☆04:今週のはやぶさ君
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★01:シロクマの恐怖

 2000年11月15日、北極圏にあるノルウェーが管轄しているスピッツベルゲン島ニューオルスンのスバルバード・ロケット実験場でオーロラ観測のため2段式観測ロケットSS-520-2号機を打上げる事になり、総勢16名の実験班が現地入りしました。

 そこは朝から闇の世界、静寂が一面を支配しています。実験場は北緯78°にあり、南極でいえば昭和基地より約1000kmも極点側に位置していますが、メキシコ暖流のおかげで、この時期は-5〜-15℃と以外に暖かいのには驚かされました。ときおり赤いオーロラが氷河を照らしています。

 ニューオルスンは1926年にアムンゼンが北極点探検に出発した所として知られています。かつて捕鯨や炭坑の町でしたが現在では国際北極観測基地が設置され20人程度が常駐しています。食事は1日4回で肉、野菜、デザートとメニューは豊富で、お酒は免税で購入する事が出来ます。軽い運動施設もあり素晴らしい環境が整備されています。またアザラシ、セイウチ、北極キツネ、トナカイそして白クマなど生息しており動物の王国でもあります。

 場所は少し離れますが数年前には観光客の女性が白クマの犠牲になったと聞かされました。そのためでしょうか、ロケット組立棟には何時でも使えるように銃が常備してあり緊張感が漂います。

 ロケットと尾翼筒組み付け、管制機能チェック等の作業は順調に進み4日目を迎えたこの日は外気温度+1℃、朝から雨です。これも温暖化の現れでしょうか、冬の北極圏では考えられません。

 今日は休みですが私たち数名は午前中ロケット搭載電源の充電作業があります。早速充電を開始しましたが忘れ物に気付き、宿舎まで荷物を取りに戻ることにしました。

 雨に打たれている凍結道路はライトの光で普通の道に見えます。油断禁物、慎重にノロノロ運転をすることにしました。しばらくは滑走路に沿って直線道路が続きます。大きなパラポラアンテナを通過して下りカーブにさしかかったところ、車は右側車線から中央線を跨ぎ始めました。一瞬何が起こったか理解できませんでした。ハンドルはしっかり右に切っているのですが左側車線を横切り、スローモーションの様に直線的に進み止まりません。そこでスリップしていることは判りましたが、アクセルを踏んで姿勢を取り戻すことは怖くて出来ません。路端を越え始めた時には、さすがに何もしないのは悔しくなり無駄とは知りつつブレーキを踏む自分が情けない。車は25度ほど傾き雪に埋もれて停止、辛うじて転落は免れました。

 衝撃は無く、ライトは目前に迫った雪だまりを照らし、ワイパーが虚しく降ってくる雨を払っていました。

 まずエンジンを切り、スモールライトをつけて車の位置を示すことにしました。とにかく現状を知らせなくてはと600m位先にある本部(極地研究所/NPI)まで向かいますが、この暗闇では足元が確認できる程度で先が見えず、しかも滑るので立っている事が難しいのです。顔に吹き付ける冷たい風雨は汗だくで歩いている私にとって気持ち良くさえ感じられました。

 しばらくして車のライトが近づいて来ましたが別の道に逸れ遠ざかって行きました。相手に見えないのは判っていながら、その車に手を振ってしまった自分が理解できません。

 NPIの灯りが点として小さく輝いているのが冥土への入口に見えて、だんだん不安になってきました。

 シロクマの雄は冬眠しないと聞いています。近くに来ているかも知れない。
「日本の実験班がシロクマに襲われる!」、
「宇宙研職員が海外で事故死!」・・・
そんな恐怖が全身を覆います。路端に雪だまりがある所は、そこを踏みしめて移動できますが滅多にそんな都合の良い場所は無く、気は焦り足を早く動かしてもスケート場の下駄履き状態、なかなか前に進めず長い時間が過ぎていきました。一生でこれだけ真剣に夢中に歩いたのは初めてで、1時間以上も経過したのではないでしょうか、息絶え絶えに本部に到着しました。

 事故の顛末を向井実験主任に告げ、ロケット班の吉田さんに頼み現場に戻りました。大きなショベルカーが直ぐに来て作業を始めました。この車両も3mほどスリップ、あわや転落! 一瞬緊張する場面もありましたが何とか車を引き上げる事ができました。

 まもなくして、このシャベルカーによりNPIからロケット組立棟までの約2kmに砂利がまかれましたので、道から消える車は無くなりました。

 その後、私が運転しようとすると誰かが進んで運転してくれました。私としては運転が下手ではないのに、と思いながらも仲間の気遣いを感じました。

 作業は予定通りに進みましたが天候不良と現象待ちが続きます。その間、北極キツネやトナカイが現れ、しばし疲れを癒してくれました。

 延期11日目の12月4日は大雪になりましたがやっと現象が現れ、現地時間10時16分にSS-520-2号機は打ち上げることができました。

 最高高度は1040kmに達し、スピッツベルゲン島上空を通過したオーロラ観測衛星「あけぼの」との同時観測が行われました。

 運動不足でやや小太りになった実験グループは、スリップによる転落事故もシロクマに襲われることもなく、全員無事に帰国できた幸せを、しみじみと感じています。

(中部博雄、なかべ・ひろお)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※