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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第249号

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ISASメールマガジン   第249号       【 発行日− 09.06.30 】
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★こんにちは、山本です。

 ISASメールマガジンの読者の方なら皆さんご存知でしょうが、7月22日に日本で日食が見られます。東京では約4分の3欠けた太陽を観測できます。

 JAXA宇宙教育センターでは、
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腕に覚えのある方の応募を待っています。

 今週は、宇宙航行システム研究系の津田雄一(つだ・ゆういち)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:西部開拓の果てに
☆02:相模原キャンパス一般公開「相模原は宇宙につながっている」
☆03:今週のはやぶさ君
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★01:西部開拓の果てに

 私は、米国の内陸部を走るハイウェイI-70を西へ走っていた。後部座席には、生後8か月の愛娘と、甲斐甲斐しく面倒を見る妻。車の天井には3人が寝るための布団。トランクには家財道具一式。。。

 夜逃げではない。その証拠に、この3人はおのぼりさんよろしく、延々と続くトウモロコシ畑の景色から他愛のない何かを見つけては、世紀の大発見をしたかのような大はしゃぎをしている。

 2008年夏、私はそれまで滞在していたミシガン州からコロラド州へ引っ越しをしていた。目指すは、コロラド大学ボルダー校。米国のとある先生を頼り、1年間の共同研究をするため、前半4ヶ月間をミシガン大学、後半8か月 をコロラド大学で過ごすことになっていた。何故か、我々一家は陸路での引っ越しを選んだ。

 この年の米国は、竜巻が頻発していた。おまけに大洪水でアメリカ中部は深刻な打撃を受けていた。所要5日間。昼はひたすら運転、夕方早めに宿に入り、車中で運動不足だった子供の相手をしつつ、天候情報と洪水の状況をテレビでチェックする。

 私は、とりわけコロラド大学を楽しみにしていた。

 私の専門は、アストロダイナミクス。宇宙機の軌道や、誘導、航法、制御を研究する分野だ。コロラド大学は、特にこの分野が盛んである。コロラド大学ボルダー校は、アストロダイナミクスだけを扱う研究センターを擁し、10名を優に超える教授陣が、アストロダイナミクスを専門として、研究をしているのである。日本にも航空宇宙工学の学科を持つ大学は数多く存在するが、多くは航空、宇宙工学、機械工学等がミックスした形態をとっている。自然、アストロダイナミクスだけとって見ると、研究のテーマも、学生のための講義の質も量も、日本のそれは浅く広くという感じにならざるを得ない。

 大学があるのは、コロラド州のボルダー(Boulder)という小さな街。東から“都入り”した私たちには、前方にロッキー山脈の山々、背後に大都市デンバーをひかえた、自然が豊かで美しい街並みのボルダーは、道中の荒涼とした風景との対比もあり、何もかもが魅力的に映った。家族3人、
「来てよかったね」
「ボルダーでよかったね」
「バブー」
とおしゃべりしながら、教授のもとに挨拶に訪れたものである。

 私のこの米国滞在の主目的は、深宇宙探査機の軌道設計と誘導航法に関する共同研究を実施することであった。でも私がこの渡米でもっと期待していたことがある。深宇宙探査の分野では、実績も研究の量も米国が世界で抜きんでている。なにせ太陽系のどの惑星にいくにも、ちゃんと宇宙機をその目的地に導いてやることが必要だから、アストロダイナミクスは深宇宙探査を実現する要の学問である。とにかく、この要の分野に対する、米国の研究のやり方を肌で感じ、何でも吸収したいと思っていた。

 コロラドは、航空宇宙産業が非常に盛んな地域である。米国を代表する航空宇宙メーカー、衛星メーカーが集中している。コロラド大学自体からして、太陽系の全惑星へ観測機器を送り出したことのある世界で唯一の大学であることを豪語している。この分野に携わる者にとって、楽しくないわけがなかった。8ヶ月間、研究に見学に、本当に充実した時間を過ごした。

 さて、この渡米で得たものはたくさんあるが、これ以上の専門的な話はここでは抜きにしたい。ひとつ、私にとって意外な知見があった。それは、「ゆとり」である。米国の研究レベルはもちろんトップレベルである。にもかかわらずアメリカ人はそれほど忙しそうに見えない。そこには日本のいわゆる“ゆとり”教育とは違う意味でのゆとりが感じられるのだ。仕事をする上での、作業の区分化、各個人のタスクの明確化、それら全体を統合する組織化、その結果として、各個人にもたらされるゆとりがそこには感じられた。ゆとりの裏側には、アメリカの激しい競争社会の側面が垣間見えるのも確かである。しかし、この社会は確かにうまく機能している。

 コロラド大学ボルダー校は、4人のノーベル賞受賞者を輩出している。ボルダーの美しい景色とゆったりした街並み、それにこのシステマティックなゆとりが、この社会の知的水準の高さを生み出しているように思えたものである。

 陸路をはるか西行してたどり着いたボルダー。全身で吸収した研究者スピリット。そしてゆとり。それらを思い出しながら、深夜0時にこの原稿を書いていることに矛盾を感じたので、このあたりで筆を置きます。仕事と趣味が混濁している私は、いつもこうなのです。うーむ、これは、私にとっては、アストロダイナミクスより難しい課題かもしれない。

(津田雄一、つだ・ゆういち)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※