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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第247号

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ISASメールマガジン   第247号       【 発行日− 09.06.16 】
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★こんにちは、山本です。

 私事ですが、週末に我が家の電気炊飯器が壊れてしまいました。仕方がないので、近くの量販店に行って新しい機種を買うことにしました。店に並んでいた商品の価格を見て我が目を疑いました。12万8千円……!!

 新機種を熱心に説明してくれた店員さんには、『家のものより新型』と言って、我が家の炊飯器は少し離れたところに陳列されていた去年のモデルになりました。(10万円も安かったので)

 本心は、『新しいPCが買えてしまう』と思った私は仕事中毒でしょうか?

 今週は、宇宙農業サロン・宇宙環境利用科学研究系の山下雅道(やました・まさみち)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙農業の心髄
☆02:「かぐや」月に還る〜月面へ制御落下
☆03:今週のはやぶさ君
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★01:宇宙農業の心髄

 北欧3国の公共放送局のために硬派のテレビ・ドキュメンタリー番組をつくるデンマークの会社から宇宙に進出する人間の歴史をロシア・アメリカ・日本についてまとめたいともちかけられた。4月30日には、NHK国際放送(報道題名:Dream Food ?)により宇宙でカイコのサナギを食べる構想( ISASメールマガジン第186号:昆虫をたべて火星にいこう ) と生々しい画像が世界に向けて発信されたりもしたのだけれど、デンマーク隊のつくる番組は NHKより数段カチカチのようであったこともあり、会う前から意気投合して、こまごまと彼らの日本の中での世話を焼く羽目になった。
「行きたい場所を探すには、Google MapでStreet Viewしてご覧よ」と書き送っても、デンマークで見える Google Mapの日本地図は日本の中で見えるのと同じく漢字だらけで、音をあげたようだ。よその国・地域の人の名を発音するのはおたがいに難しく、いつとはなしに彼らは私を短く「マスター(親方)」と呼ぶようになった。私の方は、名は呼ばず相手の眼を見て一呼吸おいて話しはじめる。相方を「ジーニアス(天才)」とかあだなをつけて呼べばよかったと、今となっては反省している。

 早朝の桑畑でのクワ摘みから夕刻に(アルコール・ゼロ)ビール缶を片手にカイコのサナギの天ぷらに舌鼓という画像収録を終えて、翌日に福島で今は農業をいとなむ秋山豊寛さんをたずねた。秋山さんには1990年12月に、当時ソ連の宇宙ステーション・ミールにニホンアマガエル6匹を連れて行ってもらい、宇宙船内の微小重力下でカエルがどんな姿勢や行動を示すかを実験してもらった。1995年から農業をされていることもあって、故・長友信人先生が宇宙農業サロンに秋山さんをひきずりこんだ。
新しいウィンドウが開きます ISASニュースNo.317:長友信人先生追悼特集
新しいウィンドウが開きます 宇宙農業サロン

 郡山から車で山間の道をたどると、田植えを終えたばかりの風情で、軽やかな新しいウィンドウが開きます シュレーゲルアオガエル )とドスのきいた新しいウィンドウが開きます ニホンアマガエルの鳴き声が聞こえる。
Google Mapと宇宙の貢献たるGPSの威力で、細い道の先にある山の中腹の秋山さん宅にたどりつくことができた。

 秋山さんは、デンマーク隊の撮影のために、田植えするばかりに代掻きしたきれいな水田を用意してくれていた。小さな頬紅のように赤味のさした小梅がたわわにみのる田の脇には小さな湧き水があり、香が強くおいしそうなセリがその淵に生える。水のなかにヤマアカガエル(ひょっとするとニホンアカガエル)の大きく育ったオタマジャクシがかたまりうようよ泳ぐ。前夜に産みつけられたシュレーゲルアオガエルの泡に包まれた卵はすでにヤマアカガエルのオタマジャクシが平らげたようだ。そのオタマジャクシをすくいあげてその腹をみると、皮膚の中に干渉色できらきら光る色素胞は少なく、とぐろを巻いて腹 におさまる長い腸や拍動する心臓を透かして見ることができる。10〜20秒周期でうごく腸の運動を赤外線CCDカメラで微速度撮影し生理学の実験をしていたのがなつかしい。

 クロマイの田植えだ。秋山さんは尖らせた竹を横に延べた長い木の角材に等間隔に打ち付け、それに長い柄をつけた田植え定規を畦のすぐ下に差し込み、柄を手にしながら定規の柄の付け根をまたいで畦から水をはった田の中に足を踏みこむ。年期の入った身のこなしだ。私だったら、ここでもんどり打って泥の中に落ちるだろう。慎重に田面に平行の筋をつけていく。1方向の筋引きが終わると直角方向に筋をひいて、田の全面に格子模様が描かれた。除草薬剤を使わない秋山さんは、回転式の歯が付いた除草機をイネとイネの間の空間に引きずり動かすために、植え付け間隔を正確にする必要がある。

 苗床で密生して育ったイネ苗をちぎりながら畦から田に放り込んでいく。撮影隊が畦の上に陣取りながら秋山さん一人が田植えをする。格子模様の交点にクロマイの苗(分けつしにくい)を普通のイネの苗よりは何本か多く取り分けて手で植えていく。「大気・水・大地を汚さないことを基本とした農業の実現」をめざし、無農薬・無化学肥料を原則に厳しい生産管理をされているとのこと。シュレーゲルアオガエルが雌を呼ぶ鳴き声に囲まれ、オタマジャクシと一緒に湧き水を飲み、空色に澄む空のもとで清冽な空気で肺を膨らませ、新緑に萌える山肌を前にすると、帰去来の詩句がほとばしりでる。

 なんでジャーナリストが宇宙飛行士になり、さらに農業者になったのか?というデンマーク隊の大きな疑問があった。秋山さんが宇宙から帰還後に指揮・製作した、どんどん小さくなり荒れ果てるアラル海の特集番組、デンマーク隊も同じような問題意識を地球の環境に向けて同じアラル海を取材したといったことがインタビューのやりとりの中で知れるにつれ、「もっとゆっくりと答えて」と注文がつきながら、カメラの前での2人の問答はその螺旋を高揚していく。『ただ知識として環境や農業・食料問題を報道するのではなく、土を耕し作物を育てる実践を求めた』という説明にデンマーク隊は得心し、眼を輝か せる。

 「あぶくま農業者大学校の黒玄米」をおみやげにいただいた。デンマーク隊から黒玄米をどのように炊けばよいかと問われ、「このごろの日本の電気炊飯器は簡単な圧力釜にもなり、玄米も難なくおいしく炊けるのだ」と説明する。そうだ、電気炊飯器はないのだと、昔のアメリカでの鍋と電熱ヒーターの生活をなつかしく思い出す。「鍋でも何回か失敗すればそのうちにおいしく炊けるようになるよ」と秋山さんから助け船がでる。クロマイに含まれる色素は宇宙放射線によりヒトの体が受ける障害を修復する効果がひょっとしてあるかもしれない。相模原の特殊実験棟の2階の廊下にも、小さなバケツ田んぼがひそか に並び、クロマイが栽培されている。

 宇宙農業は(百年後の火星探査を支えるのはともかくとして)なんの役にたつのだろう。ヒトが生物種のひとつとしておよそ40〜25万年まえに始まって以来の人口(推定)の遷移と、それが階段状に増大したときにどんなことが人間社会にあったのかを整理してみている。採集と狩猟の時代には、人と自然は豊かさと厳しさともに直に対面していた。農耕と牧畜の発明は、安定して一人が一人以上の食料を生産することを可能にして、天文学を含めて古代文明の発展の礎を固めた。様々な職業ができて分業が発達し都市と農村の関係がつくられ、科学と産業の確立は、肥料・育種・農薬が核となった近代農業を発展させた。宇宙開発はそんな農業に支えられている。我々非農業者は日々の食料を「値札のついた商品」として購入するばかりで、それらがどのように育てられ、再生可能な物質の循環が地球の上でなされているのか?あるいは自然が使い捨てられているのかを、自分の眼で見たり体験することから遠く離れてしまっている。宇宙農業は、利用できる資源がきびしい条件のもとで、物質を再生循環利用し、安全安心な環境や食料・酸素・水を供給しようとしている。地球上で私たちをとりまき私たちの生命を維持し支える自然を直接に私たちがひとつひとつ確かめていくことに、宇宙農業は大いに役立つだろう。秋山さんの安心 安全な稲作はその見本になる。

(山下雅道、やました・まさみち)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※