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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第245号

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ISASメールマガジン   第245号       【 発行日− 09.06.02 】
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★こんにちは、山本です。

 先週から、まるで梅雨入りしたような関東地方。毎日雨続きで少々ウンザリしています。洗濯物は乾かないのに、しまい込んだ長袖の服を引っ張りだして着たりするので、また洗濯物が増えるという悪循環。晴れたら暑くて、キット文句が出るのでしょうが、今は、洗濯物がシャキッと乾くのが一番の希望です。

 今週は、宇宙構造・材料工学研究系の後藤 健(ごとう・けん)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:セラミックスの複合材料が新幹線を高性能にする。
☆02:大気球放球実験B09-01号機成功!
☆03:宇宙の謎を解き明かす【国立科学博物館】
☆04:今週のはやぶさ君
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★01:セラミックスの複合材料が新幹線を高性能にする。

 私はJAXAで耐熱材料の開発を進めています。私が進めている開発事例の中でもちょっと変わった、「ロケットエンジンのノズルへの適用を検討しているセラミックス複合材料を新幹線車両の高性能化に役立てる」についてご紹介します。

 そもそもセラミックスの複合材料というのはなにかというところから始めます。はさみや包丁にもなっておりますので、セラミックスはご存じの方が多いと思います。硬くて強いけれども脆いというのが一般的なセラミックスの理解です。セラミックスを脆くないようにするにはどうすればよいでしょう。いろんな方法がありますが、最も効果的なのはセラミックスや炭素の繊維をいれた複合材料にすることです。繊維を入れた複合材料にすることで、強さはセラミックスに劣りますが、脆くない耐熱性のあるセラミックス複合材料になるのです。これにより、セラミックスの耐熱性等の特性を損なうことなく、金属のような脆くない壊れ方をさせることができます。

 では次に、ロケットエンジンのノズルに使うとどういったよいことがあるのでしょう。セラミックスにもいろいろな種類があり、ノズルに使うセラミックス複合材料はケイ素と炭素の化合物である炭化ケイ素からできているものです。炭化ケイ素は軽くて、耐熱性があり、大気中で高温(約1700℃くらい)まで使えます。固体ロケットでは要求温度が高すぎて炭化ケイ素ではなく炭素の複合材料しか使えません。しかし、燃料と酸化剤をつかう2液系液体ロケットであればフィルム冷却と呼ばれるノズル壁面付近の燃焼ガスの温度を下げる方法を用いることで炭化ケイ素を長時間使用することができます。現在、長時間、繰り返し、再使用といった特性を要求されるエンジンへのセラミックス複合材料の適用を目指しています。

 さて、本題に戻りましょう。ロケットエンジンのような高温に耐える必要のあるところが新幹線にあるのかという疑問を持たれる方も多いでしょう。新幹線に1700℃まで耐えられるセラミックス複合材料を使う必要があるのでしょうか。当然ですが、高速走行する新幹線の性能を上げるには、ロケットと同様に軽量にすることが重要です。これまで、アルミニウム合金の使用による車体の軽量化やパンタグラフの削減などのあらゆる軽量化の努力が実施されてきました。さらに、軽量化するために、このセラミックス複合材料をブレーキディスクに使用することを検討しています。これまでの新幹線のブレーキディスクは鉄鋼材料が使用されてきています。ご存じのように鉄系材料は大変重く、これを軽量なセラミックス複合材料に置き換えることで、ブレーキディスクの重量を半分以下にすることができると私たちは考えています。

 新幹線のブレーキは、高速から減速する際には電気回生ブレーキを使用します。その後、時速30kmくらいからディスクブレーキを使用して停止します。
しかし、回生ブレーキの故障や非常ブレーキの際には、ディスクブレーキのみで停止する必要があり、最高速度から停止までの負荷に耐えるブレーキディスクが必要です。新幹線の最高速度は現在のところ300km/hですが、今後は360km/hでの営業運転が検討されています。速度が上がるほどブレーキ性能はますます重要になってきています。ブレーキディスクの重量が半分になっただけでそんなに性能が上がるのでしょうか?

 セラミックス複合材料は、熱疲労、熱衝撃特性に優れるため、現在の鉄鋼材料を使用したブレーキディスクで問題となっている、ブレーキ時の繰り返し熱負荷によるき裂の発生を抑えることができると期待しています。このブレーキディスクの熱き裂の問題は、新幹線の速度向上に大きな障害になっており、現在よりも高速にするためには現在の鉄系ブレーキディスクでは寿命が短くなり頻繁に交換しなければなりません。これらを一挙に解決できるセラミックス複合材料のブレーキディスクは今後の新幹線の高速化の重要な技術になると考えられています。さらに、ブレーキディスクは1車両に8枚ついています。この重量が半分になると1編成あたりの東京−大阪間でのCO2ガス排出量が8%削減されると試算しています。現状でも鉄道は環境負荷が小さい移動手段ですが、これをさらに低くできるのです。

 実生活には役に立ちそうにないロケットの技術がほかの役に立つ、しかもスポーツカーなどの特殊用途ではなく生活に直結した新幹線にという研究事例をご紹介しました。ぜひ、新幹線を利用する機会があったら、車輪についているブレーキディスクを見つけてみてください。現在は金属光沢の鉄製ディスクですが、将来セラミックス複合材料ブレーキディスクになると光沢のない灰色になる予定です。人によっては格好が悪くなったと思われるかもしれませんね。開発をしている私もそう思います。

(後藤 健、ごとう・けん)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※