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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第236号

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ISASメールマガジン   第236号       【 発行日− 09.03.31 】
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★こんにちは、山本です。

 日中の気温が低い日が続いて、サクラの満開も新年度まで持ち越したようです。入学式や始業式にサクラがないのは淋しいですよね(ヨカッター!)

 明日から新年度が始まります。ISASにとってもより良い年になるよう、ガンバリます。

 今週は、宇宙科学共通基礎研究系の大月祥子(おおつき・しょうこ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:金星への道
☆02:打ち上げ20周年を迎えた磁気圏観測衛星「あけぼの」の成果と現状
☆03:JAXA特集:日本の月探査機「かぐや」の初期成果
☆04:今週のはやぶさ君
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★01:金星への道

 はじめまして。私は2008年4月から金星大気探査計画PLANET-Cのプロジェクト研究員をしています。ISASに来てからはまだ1年ですが、PLANET-Cプロジェクトとは大学院の研究室を選んだときから約7年間の付き合いになります。


 さて、唐突ですが、皆さんは昨年秋頃から夕方の西の空に輝いていた金星をご覧になりましたでしょうか?

 この3月末、金星は内合(ないごう)を迎え、今後は明けの明星として早朝の東の空に輝きながらどんどん地球から遠ざかっていきます。再び金星が地球に近づいてくるのは2010年に入ってからです。次の内合は約1年7ヶ月後の2010年10月末。その頃PLANET-Cは、既に金星に向かって宇宙を旅しています。

 私がPLANET-Cの存在を知った頃には、打ち上げなんてまだまだ先の話だと思っていたのですが、気がつけばもう来年です。その間、プロジェクトは様々な苦難を乗り越えて金星への道を一歩一歩進んできました。プロジェクトに関わる一人一人も様々な道を通り、金星への道を進んでいます。今回、かなり新参者ではありますが、そんな中の一人である私の「金星への道」について書かせていただこうと思います。


 私の宇宙惑星に関係する最初の記憶は、残念なことに1986年のスペースシャトル・チャレンジャーの事故です。次が、ボイジャー2号が撮った海王星の写真。新聞に載っていた青く綺麗な星を見て「青いから『海王星』なんだな」と勝手に納得したことを覚えています。

 小学校高学年ではギリシャ神話にはまり、夜空に物語が溢れていることを知ってときめきました。惑星は神々の名前がついていたので特にお気に入りでした。が、地元が田舎過ぎたためか「星空は普通にある自然の一つ」にしか過ぎず、せっかくの恵まれた夜空を眺めずに本の中で繰り広げられる神々の世界にばかり夢中になっていました。

 そして中学3年の頃、私たちのクラスは文化祭で「宇宙」を題材とする劇と展示をすることになったのです。ギリシャ神話の劇をしたかった私は意気揚々とクラスの文化祭係に立候補しました。他のメンバーとともに展示内容について相談していたところ、ある子が「宇宙飛行士の人にサインとか貰えたらすごいよなー」と言い出したのです。インターネットも無かった時代にどうやって連絡先を入手したのかは覚えていませんが、怖いもの知らずの中学生たちは、毛利さんと向井さんに質問状&サインのお願いをいきなり送りつけたのです!
幸せなことにお二人の事務局の方から丁寧なお返事とサインを送って頂き、私たちの展示は大盛況でした。その頃は理科にはあまり興味が無かった私でしたが、展示ポスターを作るための勉強から宇宙に対する興味を、毛利さん向井さんの優しさから宇宙飛行士に対する親しみを覚えました。


 漠然と
「宇宙ってかっこいいな。でも難しそう」
と思っていた高校時代、実際に惑星探査に関わりたいと思うようになったきっかけは、マーズパスファインダーについてのNHKスペシャルでした。火星着地時に使用するエアバッグを、NASAの職員らしきおばさんが大きなミシンでダダダダダダと縫っているシーンが紹介されたのです。それを見た当時の私は
「こんな関わり方もあるのか!これなら私も出来る気がする!」
と思ってしまいました。今考えると、そんな重大な過程を任されていた女性に対して大変失礼な話だと思うのですが…。ヴィーナスやジュピター等の神々と、宇宙飛行士という神のように凄そうな人達だけの世界だと思っていた宇宙惑星がぐっと身近になった瞬間でした。

 10年以上前のことなので番組については正確な記憶では無いかもしれませんが、このときの彼女の存在により
「宇宙飛行士として宇宙に行かなくても、自分が作ったものが惑星まで行くってすごいなぁ。頑張ったら私でもそんな仕事ができるかもしれない」
という勇気を貰いました。


 大学では地球惑星物理学科で学びながら大気や海洋や隕石に脇目を振りつつも、「やっぱり惑星だ」と心を決めました。そして大学院受験の際、現プロジェクトマネージャである中村正人先生から金星大気探査計画PLANET-Cの存在を伺い、「自分が作ったものを惑星に」という夢を叶えるべく、搭載機器の一つ1μmカメラを担当する研究室へ進学しました。

 しかし、ギリシャ神話が宇宙への入り口だっただけあって、私は機器開発については何も知りませんでした。さらにカメラの開発スケジュール上においても、そんな知識の無い一学生が修士の2年間で結果を出せるテーマが無い時期でした。


 そこで、研究テーマとして選んだのが金星大気の地上観測です。

 探査機は至近距離から高い空間分解能で撮像することが出来ます。一方で地上観測は、探査機には搭載が難しい大型の分光器等で化学情報を得るなど、違った方向からのアプローチが可能で、両者は互いのデータを活かし合えます。私の研究では、将来の共同観測のために地上観測体制と解析手法の確立を目指しました。

 大学院5年間で、日本の国立天文台岡山天体物理観測所、県立ぐんま天文台、ハワイ・マウナケア山山頂のNASA赤外望遠鏡施設、国立天文台すばる望遠鏡などを用いて、金星夜面大気の赤外線観測を行いました。

 金星はご存知の通り宵の明星・明けの明星として有名で、星空に詳しくない人にでも見つけやすい星です。しかし肉眼で眺める限りは他の星たちのように「点」として輝くだけです。それが、天文台の大型望遠鏡を使うと月のように形があるものとして見えます。太陽光が当たる領域(金星の昼面)はその反射光で非常に明るく、太陽との位置関係によっては三日月型になります。更に、赤外線での観測では、太陽光が当たらず真っ暗な領域(金星の夜面)に模様が見えるのです。金星は全球を硫酸の雲に覆われていますが、雲の下には厚い高温の大気が広がっていて、赤外線で輝いています。可視光線では雲に阻まれてその下の様子が全く見えませんが、近赤外の特定の波長の光では雲と大気の薄いところから光が漏れだし影絵のような模様を作ります。

 岡山天体物理観測所の大きな望遠鏡を使って、初めてこの模様が見えた時は感動でした。点にしか見えていなかったところに、地球や月のように世界が広がっているのです。しかも、その世界を地球に居ながらにして覗き見ることができたのです。

 その感動は、3年後にマウナケア山の望遠鏡を使ったときに一層大きなものになりました。地球の天気に左右されることがほぼ無い4200mの山頂は、周りに遮るものも無く360°夜空に包まれることができて、それだけで一歩宇宙に近づいた気になれます。視覚からだけでなく、酸素の薄さからも身をもって宇宙に近づいた気分を味わえます。

 そんなマウナケア山の望遠鏡で撮ったデータは、細かな雲の模様までが鮮明に見えました。時間差で撮ったデータからは確かに雲が動いている様子がわかります。

 普段日常生活の中で何気なく街の夜景を眺めていると、灯り一つ一つの下に一つ一つ家庭があって全く知らない人たちがそこで生活をしていること、人生かけても出会いきれないほど多くの人たちが同じ時間の中で生きているということが、ものすごいことのように思えてくる時があります。観測で撮ったデータを眺めていると、金星でも同じ時間の中で世界が動いているんだということが体感できました。


 地上観測で金星の世界を覗き見ると、「もっと近くから金星を見たい」という思いが強くなりました。そこで研究員として改めて、PLANET-C搭載1μmカメラに取り組むことにしました。機器開発に関してはまだまだ勉強しなければなりませんが、先生がたに教えていただきながらなんとか奮闘中です。

 2008年秋から約3ヶ月に渡り、「一次噛み合せ試験」がISASで実施されました。この試験では、探査機で使用される飛翔モデルの部品をほぼ打ち上げ時の状態に組上げ、実際の飛翔時に近い状態で様々な試験を行なうというものです。長年、個々に開発されて来た各部品・観測機器が一堂に介し、一つの探査機へと組み上がって行く様は圧巻でした。

 試験終了後、探査機は再び解体され、現在は各機器担当者の手により単体の試験が行なわれています。1μmカメラもつい先日、光学調整試験を行い、金星に到着したときに鮮明な画像を取得できるようにカメラの焦点を調整しました。調整後、窓の外に向けて淵野辺の夜景を撮り、1μmカメラが見る世界を一足先に体験してしまいました。

 このカメラが金星に到着し、刻一刻と変動していく金星の大気のダイナミックさをこの目で見られる日が、それを皆さんと共有できる日が、今からとても楽しみです。


 金星探査機PLANET-Cについてはこちらで最新情報をご紹介しています。
(⇒ 新しいウィンドウが開きます http://www.stp.isas.jaxa.jp/venus/index.html

 打ち上げはいよいよ来年2010年です。これからは様々な広報活動も展開していきます。それらを通じて、皆さんもご一緒に金星への道を進んでいただければ幸いです!今後ともどうぞよろしくお願いします。

(大月祥子、おおつき・しょうこ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※