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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第222号

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ISASメールマガジン   第222号       【 発行日− 08.12.16 】
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★こんにちは、山本です。

 13日は、今年最後の満月でした。雨上がりの澄んだ空に満月が掛かっていました。いつもよりも、月が大きく見えました。帰り道のそちこちで満月が見えるのも、なかなか風情があるものです。

 今週は、科学衛星運用・データ利用センターの馬場 肇(ばば・はじめ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:科学衛星の「ハッピーフライト」を目指して
☆02:新しい太陽観測衛星の国際的な科学検討会議、相模原で開催
☆03:今週のはやぶさ君
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★01:科学衛星の「ハッピーフライト」を目指して

 先月公開された「ハッピーフライト」という日本映画を見ました。旅客機をスケジュール通り安全に離着陸させるために働く、さまざまな役目を負ったスタッフたちの奮闘ぶりを生き生きと描いたコメディ作品です。

 映画の主役は、機長昇格試験の真っ最中である副操縦士と、国際線初搭乗で緊張しきっている新人キャビンアテンダントに、いちおうは設定されているようです。しかしこの映画の面白い所は、航空機に搭乗している運航乗務員と乗客だけに焦点を当てるのではなく、定時安全運航を支えている多くの地上スタッフにも光を当てている点でしょう。チェックインカウンターのお姉さん達等のグランドスタッフ、気象担当や無線担当等の運航管理者(ディスパッチャー)からなるオペレーションコントロールセンタースタッフ、航空機の整備点検を担当する整備士などの航空会社社員に加えて、空域の航空交通管理を司る国土交通省所属の航空管制官や、離着陸時に鳥が衝突するのを避けるため銃で追いはらうバードパトロールといったプロフェッショナルたちが登場します。

 劇中では、飛行安全を脅かすある機体トラブルが起こります。機上・地上双方のスタッフ(運航・客室・旅客・航務・整備・管制等)は、トラブル対処のために、それぞれの職責に応じて懸命に行動します。航空機の飛行安全を支えるために、どんな人がどんな仕事をしているか多岐にわたって丹念に追いかけるという、いわば群像ドラマと言える出来になっています。


 さて、航空機の運航管制システムと同様に、科学衛星にも管制運用システムというものが存在します。これは科学衛星プロジェクトという「お客様」に対して管制運用サービスを提供するシステムで、俗に地上系とも称されます。宇宙科学研究本部では、「あけぼの」「GEOTAIL」「はやぶさ」「すざく」「れいめい」「あかり」「ひので」「かぐや」といった、多くの科学衛星の運用業務を行っており、また近い将来に打ち上げられる「PLANET-C」「ASTRO-G」「ASTRO-H」「BepiColombo/MMO」「小型科学衛星シリーズ」等の地上系設計開発業務も行っています。私は、科学衛星運用・データ利用センターの衛星運用グループという部署で、このような地上系管制運用を司る計算機システムの開発・運用に携わっています。

 航空機であれば地上からの支援を受けつつも最終的には操縦士の判断で操縦しますが、衛星の場合は、(自律運用モードのような例外を除いて)基本的に全て地上からの監視制御を必要とします。具体的には以下のような流れになります。まず大口径パラボラアンテナである地上局から衛星に向けて無線で、命令(コマンド)を送信します。衛星がコマンドを受信すると、返答として、衛星の状態データ(電圧や温度など)や科学データ(天体画像など)をテレメトリとして送信します。それを地上局で受信した後に、コンピュータシステムでデータを処理・解析することになります。

 このような衛星運用の流れを実現する科学衛星管制運用システムの全体像は少々複雑です。衛星―地球間の交信に必要な地上局(変調復調装置等のベースバンド系や局管制装置等を含む)は、内之浦局や臼田局あるいは新GN局を利用しますが、これらの所管は現在は輸送ミッション本部の統合追跡ネットワーク技術部になっているので、いわば借りてくる形になります。他にNASAやESAの海外局を借りる場合もあります。また、利用者である衛星プロジェクトはそれぞれ、コマンド計画系や衛星診断装置やミッションQL装置等の独自の計算機群を持っています。これらと、衛星運用グループ所管の計算機システム(衛星管制装置、テレメトリ簡易表示装置、データ分配蓄積装置、通信回線とルータ等の伝送ネットワークで構成)とを組み合わせて、管制運用システムの全体が構成されるのです。

 なお、管制運用システムの下流側にはデータ処理解析システムがあります。ここでは電圧や温度といった衛星バス機能チェックのための工学データ処理と、CCD等観測機器の理学データの解析が行なわれます。それぞれの結果は運用計画に反映されたり、科学成果となって生み出されていきます。


 このようなシステムは、古くはメインフレームやミニコン等を用いた集中型で構築されていましたが、現在では基本的にネットワークによる分散型で構築されます。その方がハードウェア標準化で相互運用性が高くコスト的に有利であるなど、メリットが大きいからです。時代の流れから言っても、オープン系技術の組み合わせでシステム構築するのは当然と言えます。

 ただ、分散型では不具合の所在を見つけるのが困難な場合があります。原因がハードウェアに近い下位レイヤの問題であるのか、ユーザアプリケーションに近い上位レイヤの問題であるかの切り分けを行うのに、かなりの前提知識を必要とするからです。それは、汎用のネットワーク技術(物理的接続方式や各種機材諸元やTCP/IP等各種プロトコルやOS・ソフトの設定方法、等々)に加えて、宇宙ドメインに特有の技術(CCSDSや科学本部独自のSIB/SDTP 等)についてもあらかじめカバーしておかなければならない事を意味します。言い換えると、OSI参照モデルで言うところの第1層から第7層までの全般的な知識を幅広くカバーしていなければ、正しい対処方法にたどりつけないという事です。その上に場合によっては、第0層や第8層以上についても把握して対処しなければなりません。(第0層や第8層以上についてはWikipedia などをご覧下さい)

 関係する登場人物が多い事もどこに問題があるのか見極める事を難しくします。地上系の場合はそれぞれが開発運用業者に業務委託していますし、データ伝送では通信事業者専用回線を利用していますので、関係方面への確認連絡だけで相当な手間がかかります。加えて、衛星打上時期の違いに応じて新旧の機材が入り乱れていることも全体像の把握に困難をもたらす要因の一つとなっています。

 このように、地上系インフラ設備システムの開発・運用は、衛星開発とはまた違った別種の困難があります。それにも関わらず、なかなか注目される事がありません。宇宙開発というとどうしても、過酷な宇宙環境に耐えつつミッション達成のために奮闘するロケットや衛星本体等のチャレンジングな課題に注目が集まりがちです。地味な地上系などはキチンと整備運用されてて当たり前という事なのかもしれません。しかし現実には、機能追加や機能改善あるいは高信頼化・効率化・省力化等の課題に向けて、やるべき事はまだまだたくさんあります。限られたリソースの中で業務を行う訳ですから限界がありますが、例えば、

・簡素なシステム間インタフェースを目指した段階的整備
・次世代型衛星情報ベースの導入による運用インテリジェント化
・汎用の衛星運用ソフトウェア開発による高機能化
・ヒューマンエラーを可能な限り除くためのユーザインタフェースの改良
・計算機リソース集約によるハードウェア障害からの脱却等の実現

 などです。他にも、映画で見られるような機能的なオペレーションコントロールセンターと比べると、科学本部の管制運用室はお世辞にも整理されているとは言えません。ケーブル配線や機材配置などの単純な事一つ取っても、工夫の余地があるなと考えさせられる次第です。


 科学衛星が安全確実に、かつ経済的に運用される、そういった当たり前の状況を実現するために、可能な限りのサポートを行うのが衛星運用グループの業務だと考えています。チャレンジングな衛星開発と並行して、こういった技術インフラについてもバランス良く着実に整備されるようになって初めて、科学衛星の「ハッピーフライト」が実現できるのではないかと思います。

(馬場 肇、ばば・はじめ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※