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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第196号

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ISASメールマガジン   第196号       【 発行日− 08.06.17 】
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★こんにちは、山本です。

 週末の岩手・宮城内陸地震で被害を受けた地域の皆さま、一日も早い復興を相模原から願っています。

 今週は、宇宙科学情報解析研究系の松崎恵一(まつざき・けいいち)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:「コトバ」と「文化」の融合
☆02:グラスト(GLAST)国際ガンマ線天文衛星打ち上げ
☆03:全国科学館連携協議会で行う巡回展のスケジュール
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★01:「コトバ」と「文化」の融合

 宇宙科学研究本部の松崎恵一(まつざき けいいち)です。

 私は、宇宙科学情報解析研究系や科学衛星運用・データ利用センターという部署に所属していて、主にデータを取り扱う研究や開発をしています。今回は、このデータについて、私が日頃感じていることを、計算機の「コトバ」抜きにお話したいと思います。

 科学データを得るためには、衛星やこれに対応した地上のシステムを構築し、さらに運用することが必要です。その構築や運用では、国内外の非常に多くの見ず知らずの人々がグループを作り力を合わせる事になります。人々と力を合わせる際に、私が一番苦労するのは「コトバ」と「文化」の違いです。

 「コトバ」で苦労すると言っても、単に、日本語と外国語の翻訳で苦労するという意味ではありません。同じ日本人同士であっても、人によって単語に込める意味は違うのです。会議を始めてから相当時間がたってから、言葉の意味の違いに気づくなんて事は頻繁に発生します。しかし、見ず知らずの人々で形成されたグループも、会話を重ねるうちに、次第に、単語の意味が定まり、コミュニケーションできるようになります。

 「コトバ」の次に苦労するのが「文化」です。「文化」といっても社会の文化ではなく、技術的なものです。同じことを実現するのにも方法は色々あって、それぞれ流儀が異なる。ここでは、その流儀を「文化」と呼びます。互いが提案する流儀の中から良いものを選び、その結果よいものを実現するのが国際協力の醍醐味です。
一方、求めに応じられず、断ることも少なからず発生します。時には、断った提案の良さが後から分かり、後悔することもあります。相手がなぜ想像しないことを要求してくるのか?理解できないうちは協力として不完全です。この状態は、大きなミスが生まれる一歩手前であり、顔が直接見えない状態でのコミュニケーションには不安を覚えます。互いの「文化」の違いが見えてくると、会話が回り始めたという実感が湧き、安心出来ます。ひとたび会話が回り始めると、地球の裏でも電話(やテレビ電話)で話が通じます。こうして会話ができるようになった人とも、何時しか、知らぬうちに別れが訪れます。ちゃんと挨拶をする機会も無かったりすることが多く、寂しい思 いをします。こうした人々とは融合された「文化」を共有することになりますが、この「文化」は形には残らず、人々の間でのみ受け継がれ、これらの人々とともに消えていく運命にあります。

 地理的に離れた場所に異なる「文化」が存在するのは分かりやすいですが、地理的に同じ場所にも異なる「文化」は生まれます。「文化」は、人のつながり事に、形成されます。そこで、宇宙科学研究本部ではおよそ衛星ごとに、合計7個か8個の文化が存在します。廃藩置県の前の日本の各藩が、それぞれ、藩毎に異なる言語で会話していた状態を思い浮かべればよいでしょうか?互いに全く会話が通じないかといえばそんなこともありません。そもそも、それぞれの衛星は異なる目的を達成するためのものなので、「コトバ」の違いのうち、幾らかの部分には必然性があります。でも、なぜか出来上がってしまった無意味な違いも多く存在します。

 初めから同じ「コトバ」でコミュニケーションできたら素敵です。工業の分野では「標準」というものが幾つも存在します。これらは、異なる製品を相互に利用するための決まりです。宇宙でも「標準」は幾つか存在しており、これらに従うと見ず知らずの人々とのコミュニケーションが円滑に進みます。現在、我々は、こうした決まりの部分をさらに広げていく取り組みを進めています。

 決まりが無いところに決まりを作るという作業は決して容易ではありません。想像してください。例えば、10個のバラバラな「コトバ」を使って会話をしている人々のそれぞれに、これからはこの「コトバ」を使って会話をして下さいとお願いをして回る。相手に合わせて翻訳の表を用意しなければならない。ひとつの単語を二つの事を同時に言い表すのに使用している人々がいれば、その人々には二つの事を結びつけるのは当たり前ではないことを説明し、それぞれの事柄に対して新しい単語を伝えなければならない。時には、「コトバ」が本当に必要なのか、理由に遡って考え、「コトバ」が不要なことを分かってもらう。つまり「文化」の是正を促す。このような作業は一般に「標準化」と呼ばれます。すでに「文化」を持った人々との「標準化」の調整には苦労がつきものですが、ひとたび「標準」として出来上がったものは、後の人に向けた、良いテキストになります。私は、このテキストに従って、なるだけ、多くの人が宇宙に乗り込んでこれるようにしたいと願っています。

 世の中の「標準」には目的に応じて色々な嗜好の「標準」が存在します。私の好みは、シンプルな「標準」です。覚える「コトバ」が少ないほうが勉強は楽ですよね?同じ目的を達成できるのなら、限りなく薄いテキストが良い。例えば、「標準」を考えるために、10個の似て非なるものを並べてみた結果、2個の「コトバ」でそれぞれの違いを言い表せることに気づくことがあります。この「コトバ」を用いると10個の説明もすっきりかけるので、とても、すがすがしい気持ちになります。

(松崎恵一、まつざき・けいいち)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※