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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第187号

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ISASメールマガジン   第187号       【 発行日− 08.04.15 】
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★こんにちは、山本です。

 この頃天候が安定しません。暑かったり、寒かったり、今年は花見もゆっくりできませんでした。

 4月からJAXAの組織が大きく変わりました。モチロンISASも例外ではありません。私も所属が変わりましたが、仕事が変わった訳ではありません。これからも宜しくお願いします。

 今週は、宇宙輸送工学研究系の羽生宏人(はぶ・ひろと)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:厳寒の大型固体ロケット地上燃焼試験
☆02:「かぐや」これまでの10倍の精度の月面地形図を作成
☆03:「かぐや」のガンマ線分光計(GRS)の観測データ異常について
☆04:「ひので」の観測成果が、……
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★01:厳寒の大型固体ロケット地上燃焼試験

 2008年3月7日午前10時30分。31トンの固体推進薬が充填されたM-24-2モータは、点火信号によって8年の眠りから覚め、眩い光とともにノズルから轟音と白煙を放ちながら力強く燃焼しました。私たち実験班員が固唾を呑んで現場を見守る能代多目的実験場の第一計測室は、ロケットが固定されているスタンドから距離にして高々140mほどしかなく、点火に遅れることなく聞こえてきた固体ロケットの雄叫びと同時にあらゆる方向から振動として伝わってくるのです。まさに建屋が地面ごと揺さぶられているような感じでした。

 毎回現場ネタばかりで恐縮ですが、今回は私が実験主任を務めたM-24-2大気燃焼試験の現場の様子をご紹介したいと思います。

 地元(の飲食店など)では「ロケット実験場」と言えば通じる能代多目的実験場(NTC)は、日本海に面する自然の豊かな地域に位置し、固体ロケットの開発期にはたくさんの地上燃焼試験が行われてきました。今回の試験は推進薬量の多い大型ロケットモータを使うため、一般の立ち入りが制限される警戒区域はスタンド点から半径700mと設定され、試験当日は交通規制を伴う久しぶりの大規模実験になりました。

 試験に使用したロケットモータM-24-2は、製造から約8年の保管期間を経ていました。私を含む固体推進薬や固体ロケットの研究者の多くは、経年変化による燃焼特性、推進性能への影響について強い関心がありました。
このロケットモータは諸般の事由で飛翔に使用することができなかったのですが、末永く丁重に保管しておくわけにもいかず、今年度になって地上試験でその役目を果たすことが決まりました。このような性質の大型固体ロケットを使った燃焼試験はわが国ではほとんど例がありません。


 正直なところ、地上燃焼試験の計画立案時は
「果たしてちゃんと設計通りの燃焼になるのだろうか」
と好奇心とある種の不安が混在する状況でした。これをすっきり解消すべく事前の健全性評価は念入りに行うことにしました。金属製のモータケースについては、サビや傷、塗装の浮いたところはないか念入りに調べると共に、ケース材料の溶接部は丹念に非破壊検査を行いました。モータケースと内部断熱材の接着状態についてもしっかり調べました。そして、固体推進薬に関係する部分ついては、同じ時期に製造された推進薬ブロックからの切り出し片などを使って物性検査をする傍ら、一部を自分でも手に取って、曲げたり、引っ張ったり、捻ったり、匂いを嗅いだり(?)して異常がないか自分の感覚も頼りにしました。保管期間が長かった割には最近製造した推進薬とほとんど見分けが付かないほど状態は良好でした。評価結果に基づいて専門家らと協議をした後、2007年を締めくくる最後の大仕事として所属本部の安全審査を受けました。これが終わらないと年が越せない!とばかりに気合を入れて説明をし、ロケットモータ本体や安全対策などの試験の仕立てについて問題なし、とのお墨付きをいただいて地上燃焼試験の実施が承認されました。

 この試験では経年ロケットモータの性能評価だけでなく、たくさんの計測を行いました。ロケットのノズルから噴射されるガスによって発生する音響の計測、噴射ガスが引き起こすロケットの機軸を中心とする回転力の直接計測、超音波による推進薬の厚み計測、噴射ガスを通り抜ける電波強度の減衰特性、噴射ガスの高速カメラによる撮影などです。これらのデータは今後の固体ロケットの研究に生かされるものばかりです。


 それにしても今年の能代はとても寒かったです。NTCは海沿いにあるため、寒いというよりは寒風が突き刺して痛いといった感じです。いわゆる西高東低冬型気圧配置ともなると、海側からの強い季節風が吹きつけ、時折風速20m/sを超えます。風上に向かって普通に歩くのは難しいほどの風の強さです。そしてほぼ毎日のように雪が降りますので、天気予報の予想気温よりも体感温度は更に低く感じます。本来なら避けるべき時期でしたが、周辺事情でやむを得ず、2月23日から3月9日を試験オペレーション期間とし、燃焼試験日を3月7日(金)午前10時30分と設定しました。実験班は宇宙基幹システム本部所属の固体ロケット研究チーム員、宇宙科学研究本部の研究者、技術者そして総合技術研究本部の研究員で構成され、JAXAの本部を横断した大規模編成でした。今年JAXAに入社したばかりの宇宙科学研究本部の新人3名も現場に加わり、最終的には総勢78名となっていました。

 オペレーション開始直後から低温、強風、雪など悪天候に見舞われ、現場作業は相当に厳しいものがありました。実験主任の私は、連日のように天気予報に関する情報をWEBから大量に掻き集め、気象予報士さながらに気象庁の天気図を使ってその日と翌日の予報に力を入れていました。風向・風速を読み、空模様を眺めながら作業への影響を予測するのです。今だから言えますが、実はこの作業、意外と楽しいのです。天候の変化を予想しながら作業開始のタイミングを見極める。その日ごとの難しい作業を現場と呼吸を合わせて乗り切る。うまくいったときは何とも言えず「今日は仕事したなぁ」という充実感がありました。現場を支えて下さった皆さんには深く感謝する次第です。

 試験当日は割と目覚めが良く、さほど緊張していませんでした。カーテンを開けて早朝5時の薄暗い空に目をやると、雲もなく天気は良さそうです。手早く身支度を済ませて外に出ると、火力発電所の煙突の煙がまっすぐ上空に昇っているのが見えました。冷たく澄み切った早朝の空気は気持ちを引き締めるのには丁度よい感じです。気温は氷点下2℃でしたが、昨日の予測通り風は弱く、雲も少なく絶好のコンディションです。思わず「見放されていないな」とニヤリ。しかし、この気の緩みが災いしたのか、タイムスケジュールに入ってから間もなくの午前8時半ごろから黒い雲が青森側の空を覆い始め、9時を過ぎたあたりでとうとう雪が降り始めてしまいました。次第に強くなる雪を見ながら試験中断かどうかしばらく迷いましたが、風向きがまだ東寄りでしたので粘って準備作業を進めることにしました。しかし、ますます状況は悪化。午前10時には一気に西風に変わってしまいました。あと30分なのに・・・。
「これじゃだめじゃないの?」
という意見が聞こえていましたが、残り30分に賭けてタイムスケジュールを続行、ひたすら粘ることにしました。ここで延期の判断をしたらみんなガッカリするだろうなぁ、という心配をよそに、準備は淡々と進んでいきます。
風向風速計のモニタ画面を凝視しながら「風向き変われ!」と念じていました。すると除々に北寄りの風に変わってきたではありませんか。指令電話から聞こえる実験班員の会話から準備の進捗を把握しつつ、緊張する時間を過ごしていました。

 点火3分前。管制から
「準備が整いました。本部で天候判断しています」
との放送を最後に、第一計測室や本部が急に静まり返りました。私は深呼吸をして現状の天候・風向きを確認、速やかにGOの決断をしました。ここまで来たら止めることはありません。さすがに高鳴る鼓動は制御不能です。
しかし、ここは腹を決めて前に進めます。

 指令電話に耳を傾ける実験班員に対し、私はできるだけ落ち着いた声を出そうとお腹に力を入れて、
「天候問題ありません。皆さん、試験を実施します。よろしくお願いします。」


 試験が終わった直後に雪は止み、天候は急速に回復しました。嫌がらせのようだね、とどなたかがボソっと言っていたのが印象に残ります。

 これまで大型固体ロケットの燃焼実験を務めた歴代の実験主任の先生方は、よくこんなおっかない仕事をされてきたものだとその偉大さを感じました。
そして、極めて小心者の私にとっては本当に寿命の縮まる思いでした。

 この規模の実験を統括するなんて、一生に一度あるかどうかの機会です。
このような貴重な機会を与えてくださった固体ロケット研究チームリーダの宇宙輸送工学研究系教授森田先生をはじめ、機構内関係者の皆様にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。そして寒い中、現場で一所懸命頑張ってくださった皆さん、どうもありがとうございました。

 ・・・・と、ここできれいに締めくくるとイヤミを言われそうなのですが、
これはホンネですから。

(羽生宏人、はぶ・ひろと)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※