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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第184号

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ISASメールマガジン   第184号       【 発行日− 08.03.25 】
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★こんにちは、山本です。

 ISASメールマガジンの送信(発行)数が5000名を超えました。
2004年9月に第1号を送り出してから3年6ヶ月。もうすぐ200号になります。

 相模原キャンパスのサクラもちらほら咲き出しました。週末は、生協恒例の『お花見』でしょうか?

 今週は、宇宙の電池屋・曽根理嗣(そね・よしつぐ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙の電池屋 〜作文で賞状〜
☆02:「あかり」、超新星爆発から宇宙塵が誕生する現場を捉える!
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★01:宇宙の電池屋 〜作文で賞状〜

 少し前になりますが、妻と一緒に本屋に行きました。

 チラシが掲げられていました。

 今月のお薦め 『バッテリー』

「へ〜、シブい本だなあ。島津源蔵(シマヅ・ゲンゾウ)さんの伝記でも出たのかなあ。」

「誰、それ?」

「お前、知らんのか。島津源蔵さんっていったら、日本電池って電池メーカの創業者だろ。今はユアサさんと一緒になってジーエス・ユアサ・コーポレーションって会社だけど、ともあれ日本の電池産業の礎を築かれた方達の一人だろう。GSってロゴ見たことあるだろう。あれって、創業者の方の頭文字(ゲンゾウ・シマズ)からとったって話だよ。電池屋の女房なら、そのくらいは知っていて欲しいなあ。」

「・・・それは良いけど・・・・・ダーリンってば、これ、ヤキュウの本だと思うよ。」

「・・・・・・・へ?」


 気を取り直して「はやぶさ」です。

 僕が子供のころ、地球はガミラスとの戦いに勝利し、つかの間の平和を取り戻していました。でも、終戦から1年後のある日、彗星帝国が太陽系に進路向けていることが分かりました。壊滅する地球艦隊。最後の希望は「ヤマト」。

 武器が効かない相手に対して、土方艦長が死に際に最後の指示を出しました。

 「内部に潜入して、敵の動力炉を破壊しろ。」

 それでも滅びない彗星帝国。現れる超巨大戦艦。

 満身創痍のヤマトに向かって、大帝ズオーダが高笑いを浴びせます。

「満身傷つき、もはやエネルギーも底を突いた貴様がどうやって戦うというのだ。フアッハッハッハー、フアーハッハッハッハー!」

 ヤマトを信じて新艦長にして最後の艦長「古代進」は艦を発進させる。
その姿に宇宙愛を感じた反物質生命体が、ヤマトとともに進む。

「さらば宇宙戦艦ヤマト」


 バッテリに残された最後のエネルギーを振り絞って小惑星サンプルの入ったカプセルの蓋を閉めた「はやぶさ」は、みんなの愛に支えられて、一路地球を目指しています。もはやバッテリのエネルギーは期待できません。太陽電池の発生電力のみを頼りに、瞬停も起こさない電力管理が必要です。

 ともあれ、電池についてできることは、もう多くはありません。

 彼の足跡を電池屋としての視点から残したいと思い、心をこめて論文の執筆を続けています。今年度は「はやぶさ」関連で3本の査読論文を投稿しました。いずれも受理して頂くことができました。

 そのうちの一報について、投稿先の雑誌「Electrochemistry」を編纂している電気化学会殿から「電気化学会論文賞」を頂くことになりました。

 書かせていただいた論文は、下記の内容でした。

 一報目:「はやぶさ」打ち上げからイトカワ到達までの軌道上データ解析(地上試験との比較検証を含む)。特に、微小重力環境での電池の容量測定に係るデータ解析。Electrochemistryに投稿。

 二報目:イトカワ離脱後の過放電事象と、その後のふた閉めに至るまでの運用データ解析。Electrochemistryに投稿。

 三報目:軌道上での電池の保管中の劣化傾向を地上での保管データと比較検証。Journal of the Power Sourcesに投稿。


 このうちの一報目で、上記の論文賞を授かることになりました。賞を下さった電気化学会殿は会員数4200人の学会です。専門委員会の一つである電池技術委員会が開催する電池討論会には毎年千人単位の専門家が参加します。

 この度の電気化学会論文賞受賞のご連絡に対しまして、電気化学会関係各位には心より御礼申し上げます。


 宇宙に憧れて、エネルギー分野からの宇宙開発への貢献を夢見て大学院に進学し、宇宙開発事業団へ就職しました。その後の宇宙三機関統合を期に宇宙科学研究本部にて「はやぶさ」運用に係ることができましたが、この全ての過程で本当に多くの方のお世話になりました。はやぶさの運用では、ISASホームページをご覧になった方やISASメールマガジンの読者の方たちからもあたたかい応援を頂きました。

 学術分野としてバッテリの宇宙での運用結果が査読論文として果たして認めていただけるのか、分野を切り開くためのチャレンジの毎日でありますが、日ごろ蓄積される運用データがこのような過分なる賞に結びついたことが、大変にうれしいです。

 投稿する原稿は「読んで欲しい人が読んでくれる雑誌に、読んで欲しい言語で論文を書きなさい。」という学生時代の指導教官である工藤徹一先生の言葉を思い起こしながら起草しました。

 皆様に感謝とともにご報告申し上げます。


 論文賞というのは、共著者全てが等しく受賞者です。ここに、受賞論文と併せて共著者全てをご紹介させていただきます。(英語査読論文ですので、英語で紹介いたします。)

題名: The Performance of the Lithium-ion Secondary Cells under Micro-Gravity Conditions. -In-Orbit Operation of the Interplanetary Spacecraft 'HAYABUSA'.

著者: Yoshitsugu Sone1), Hiroki Ooto2), Masaaki Kubota2), Masahiro Yamamoto2), Hiroyuki Yoshida2), Takashi Eguro2), Shigeru Sakai2), Teiji Yoshida3), Masatoshi Uno1), Kazuyuki Hirose1), Michio Tajima1), Jun'ichiro Kawaguchi1)
1) Japan Aerospace Exploration Agency,
2) Furukawa Battery Co. Ltd.,
3) NEC Toshiba Space Systems, Ltd.

雑誌: Electrochemistry, pp. 518-522, 75, No. 7, (2007).


 共著者に謝辞というのは本来おかしいのかも知れませんが、感謝とともに共著者の方達の功績をご紹介します。

 古河電池の江黒様、大登様、山本様はじめ皆様、NTスペースの吉田様は、日本で始めてのリチウムイオン二次電池による宇宙フライトに向けてご苦労の連続であったと思われます。私は運用から参加しましたが、宇宙機の開発現場を知るものとして察して余りあるものがあります。虎の子の探査機であり人類初の試みにおいてもバッテリを一台しか積むことのできなかった「はやぶさ」に対して、リスクを軽減すべく可能な限りの知恵と勇気を振り絞って運用に臨んで下さいました。また、NTスペースの吉田様は、宇宙機電源のプロとして全ての運用において心の支えであります。吉田さんの落ちついた、常に冷静な状況分析と深い見識のお陰で、落ち着いて電源運用に臨む事ができました。

 複数のプロジェクトを掛け持ちしつつ苦しいディジションを迫られた中で、存分に知恵を振り絞ることができたのは、現場を支えてくれた鵜野開発員の功績です。JAXA発足後初の新卒採用職員として不安も多かったと思いますが、現場の大事さを誰よりも認識してくれたのではないかと思っています。

 田島教授、廣瀬准教授には、宇宙研に不慣れな私に弛まぬご指導を頂いております。

 川口教授には、貴重なディスカッションをさせていただきました。時に向学心を自重してでも探査機の安全を第一に考える姿勢には、宇宙研にあるべき教員のプロジェクトとの係り方を学ばせていただいたと思っております。


 一人、どうしてもこの賞を報告したい方がいます。桑島三郎氏です。桑島三郎氏は2004年9月に他界されましたが、旧宇宙開発事業団では通称「電池の神様」と呼ばれていました。私の「宇宙の電池屋」としての師匠です。

 桑島さん、統合の時に筑波を送り出して頂いた事、ご指導頂いた事は、少しは生かせているでしょうか。


 さて、はやぶさのバッテリは死んだのか?

 いえ、まだです。

 リチウム電池は、単独のセル(素電池)だけでは3.6〜3.7Vくらいしか電圧を発生しません。これを11個直列に接続して探査機が必要とする電圧を確保していました。この内の4セルは既に死に、残りの7セルが元気でした。
「ふた閉め」の時には7セルの電圧をフルに生かせば運用に使用できると見込んで進みましたが、残念なことに他の機器を動かすには7セルの直列電圧では不足します。バッテリはモニターのみを継続実施され、再度充電されることはありませんでした。一般には既に見捨てられ、省みられることのない状態です。

 しかし、この状態でも電池は自分の存在を密かに醸しています。

 各セルは、モニター回路を経由してmAレベルの微弱な放電により容量を徐々に失ってきています。「ふた閉め」運用時には健在だった7セルもだいぶ電圧の低下が顕著になってきました。ここまでは、予測の範囲です。果たして最後を迎えた時にどのような挙動を示すのか。諸々の事象の中で残されていた7セル達は本当に元気だったのか。もしかしたら傷ついていたのでは ないか。


 リチウムイオンバッテリを使用した宇宙探査はこれから数多く展開されるでしょう。水星探査や金星探査などに向けて既にリチウムバッテリの開発は進んでいます。はやぶさは地球を旅立ってまもなく5年を経ようとしています。5年間宇宙で保管された電池の劣化傾向がどのように現れるかは、金星(片道1〜3年)や水星(片道6年程度)への旅を想定した時の電池の運用 手法の最適化に必ずや寄与してくれることと思います。(日常の素朴な疑問である「電池って本当はどれくらい放っておいても大丈夫なの?」にも答えをくれるかも知れません。)そのために、今、確固たる存在を示す7つの電池達の最後の声をきちんと受け止め、学術領域の方たちを含めた広く皆様に知ってもらうまでが「はやぶさ」のバッテリ運用だと思っています。

 最後まできちんと愛情をもって論文にまとめて行きたいと思っています。


 さて、論文賞の通知を頂いた日のことです。

 本当にうれしかったです。携帯電話から家族に電話をかけようとしました。

「・・・・・・・バッテリが、切れた・・・・・・・・・」

 う〜ん、はやぶさのバッテリだって復活させた、携帯電話ぐらい何とかしてみせるぞ。

 やり直しは効かない。一発勝負だ!

「気合だ、気合を入れよう!」

 強く握りしめ、こすってみて、息を吹きかけてみる。脇の下に挟んでみる。(え〜、技術的には、暖めてやって電池の内部抵抗を下げて、少しでも放電電圧を稼いで一発勝負の短い通話くらいは可能にしようとした行為になります。(気休めです。)もちろん暖めるために、電子レンジや煮えたぎる油の中などに電池を放り込んだら大変に危険ですからやめてください。お湯も駄目です。ショートします。)

 スイッチオン。ピロロロ〜ン、ピロリロ〜ン。(起動を知らせる音楽)

「音楽なんていいよ、電気がもったいないだろう!」

 短縮ダイヤル→妻の携帯へ電話。

「はやぶさで電気化学会論文賞を頂いたよ。お前のお陰だ。筑波から相模原まで大変だったけど、ついてきてくれてありがとう。いつも、支えてくれて、ほんとうに、・・・・・・」

ピーーー!(携帯電話の最後の叫び声)

 帰宅したところ、焼肉が待っていました。ビールも冷えていました。

「牛からいく?豚からいく?羊もいるよ。どれからいく?」

 息子は寝てしまっていました。

「お父さんが学会から論文賞もらうんだって言ったら、この子、なんて言ったと思う?『へ〜、いい作文書いたから賞状をもうんだ〜。おめでとうって必ず言っておいてね』だって」

 う〜ん、大筋として正しい解釈だ。

 娘は翌朝にハグとチューをくれました。

 お前達の誇れる父親になれるようにがんばるよ、ありがとう。

 宇宙の電池屋 〜作文で賞状〜。

(曽根理嗣、そね・よしつぐ)

http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2008/0306.shtml

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※