宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2008年 > 第175号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第175号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第175号       【 発行日− 08.01.22 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★こんにちは、山本です。

 読者のみなさんの間でISASモバイルサイトの評判は如何でしょうか?
先週号で案内したところ、このメルマガの携帯ユーザーが急増中です。

 また、待ち受け画面は私の周りでも(FLASH対応機種でないと見ることができないのが残念なのですが)、
「時間帯によってイロイロなイベントがあるんですね」
「タイミングが合わなくてロケットの打ち上げを見ていません」
と評判を呼んでいます。

 私は、携帯を替えたばかりだったので、待ち受け画面をゲットしました。

 今週は、宇宙輸送工学研究系の嶋田 徹(しまだ・とおる)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:ロケットと流れ
☆02:「すざく」、白色矮星パルサーを発見!
───────────────────────────────────

★01:ロケットと流れ

 「回れまわれメリーゴーラウンド〜♪」という歌があるが、今日はロケットが回る話をしよう。

 ロケットが回るって? えっ、どういうこと?と思われるかもしれない。

 ここではロケットの機軸まわりの自転(ロール)運動のことを考えている。
このままでは、クルクル調子よく回るロケットを想像されるかもしれないのでまずお断りしておくが、実際、機体の回転運動はあまり目立たない。ロケットの慣性モーメントは大きいし、姿勢制御系や尾翼を装備しているので、通常ロケットの姿勢運動は飛行に差し支えない状態に制御されている。小型のロケットではスピン安定をとるために、尾翼に働く空気力で強制的に弱い回転が与えられていることもある。

 これら制御された姿勢運動としてのロールについてはここで取り上げて話をする必要はないが、半世紀以上にわたる近代ロケットの歴史の中には、予期せぬロール運動あるいはロールトルクが観測されている。顕著なロールトルクの最初の報告は、米国のサージェント(Sergeant)ミサイルの飛行試験においてである。テレメーターの履歴は、モータ稼動の最初の数秒間に、姿勢制御系に対抗する大きなロールトルク(100〜500ポンド・フィート=約140〜700ニュートン・メートル※注)が働いていたことを示した。これらの発生時期が燃焼振動の強い期間と一致したため、燃焼不安定との関係が指摘された。後に、地上燃焼試験によって、この関係が確認された。
また、排気ガスに旋回流が存在することも確認された。

 もっと著名なロールトルクとしては、NASAのスカウト・ロケットの最初の飛行試験で第三段目(アンタレス)モータ点火後に起きた。制御不可能な規模のロールトルクが発生し、それによって誘導が失敗に終わった。

 身近なところでは、一昨年9月に引退したM-Vロケットの第1段モータにおいて、全7機とも発射機離脱後からロール制御が始まるまでの短い間に、ロールトルクの発生が観測されている。その大きさは3000ニュートン・メートル程度であり、かなり大きなトルクである。スポーツカーのエンジンの最大トルクの5倍以上は出ているが、トルクが発生しても制御系が難なく姿勢を立て直すのでロケットの飛行には支障はない。

※注
トルクとは物体を固定された回転軸を中心に回転運動させるときの回転軸周りの力の能率(モーメント)であり、力と距離の積であらわされる。ニュートン・メートルやポンド・フィートは、トルクの単位である。

 このトルクの原因を空気力や推力の不整によって説明することは難しい。これらは大きく見積もっても一桁低いトルクにすぎない。では、どんなメカニズムによってロケットにトルクが発生するのだろうか?筆者の研究室では、数値解析と実験を用いてメカニズムの解明に取り組んでいる。固体ロケットの推進薬には光芒と呼ばれるスロットや、フィンが施工されていることが多い。スロットやフィンは周方向に等間隔に数個程度ついている。このスロットから出て、モータの後部の空洞部分(ノズルの入り口付近)に吹き込む流れがロールトルク発生に関与している可能性が高いと考えている。

 ランダウ=リフシッツ(レフ・ランダウ、エフゲニー・リフシッツ:ロシアの理論物理学者)が流体力学の教科書に書いたように、「運動方程式の解のすべてが、自然界で現実に起こるというわけではない。自然界に生ずる流れは、流体力学の方程式に従うばかりでなく、安定でなければならない。」
(L. D. ランダウ,E. M. リフシッツ,1959)

 空洞部分に流れ込んだ流れが旋回に対して中立であるためには、周方向に周期的な渦が安定に存在しなければならない。しかし、筆者らの計算によれば、擾乱によって渦の対称性が一旦崩れると、流れは大きな一つの旋回流になり再び元の周期的対称性を取り戻すことはないことが示唆されている。
計算結果から、この旋回流が、スロットやフィンの後部端を撫でる際にスロット側壁の圧力分布が非対称となり、結果としてロールトルクを生みだしている可能性が高いことが分かってきた。このメカニズムであれば、定量的にも十分すぎるぐらいの潜在能力を持っている。

 さて、回るロケットの話はこれぐらいにしておいて、閑話休題。今年度は宇宙学校に講師として参加している。宇宙学校とは宇宙科学研究本部が主催するプログラムで、主に小学校4年生〜中学生を対象に、「ロケットと惑星探査」「宇宙(天体)と生命」などの授業を実際に研究している研究者達が行うものある。朝から夕方まで学校のように時間割を決めて、小・中学生の子供や父兄と共に宇宙のことを話し合う。授業といっても講師の話は少なめにして、質問の時間をたっぷり取るのが宇宙学校のスタイルだ。仲間の先生方と一緒に、僕もその一部を受け持った。

 僕の話は「宇宙ロケットと“流れ”のお話」というタイトルである。
「流れ学」がロケットにとって如何に大事かということを少しでも伝えたいと思って話している。僕の空回りの面も多々あるので、「流れ学」までは辿り着かないが、子供たちは「ロケット」についてやはり興味があるらしい。「ロケットの燃料は?」、「ロケットの速さは?」といった素朴な質問がたくさん出てくる。中には、「ロケットは何のために宇宙へ行くのか?」という、実学的かつ哲学的な質問も出てきて、やっている側としてもかなり楽しい。

 筆者の恩師、故小口伯郎先生の言葉で強く印象に残っていることが二つある。今日はそれを紹介したいと思う。ひとつは、
「本(ばかり)を読むな」
ということ。無論、「自分の頭で考え、自分の手で調べよ」という意味である。当時は逆説的に聞こえたものだが、研究者としての心得として、今では筆者にとって大事な言葉となった。もうひとつは、
「非定常をやりなさい。」
今、ロケットの内部流れを研究していてつくづく思う。渦の発生と変動、音響、そして燃焼、これらの非定常な相互作用が本質的なのだ。空間的・時間的に制約を設けた流れ場からは本当のロケットの理解は得られない。

(嶋田 徹、しまだ・とおる)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※