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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第173号

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ISASメールマガジン   第173号       【 発行日− 08.01.08 】
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★こんにちは、山本です。

 1月のISASは、研究会やシンポジウムが連日のように開かれていて、いつもはツナギの作業着で飛び回っているKさんや、セーターにチノパンのIさんが、ネクタイにジャケットなどという装いで歩いています。

 そうか! 今日は、講演か発表があるんです。

 今週は、月・惑星探査推進グループ(技術開発部)の長谷川 直(はせがわ・すなお)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:「あかり」による「イトカワ」観測について
☆02:BESS-Polar実験
     南極での気球・超伝導スペクトロメータの打ち上げに成功
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★01:「あかり」による「イトカワ」観測について

 「イトカワ」と言うと小惑星探査機「はやぶさ」がランデブー&着陸・離脱した小惑星というイメージが読者の皆さんは強いかもしれませんが、2007年7月26日に赤外線天文衛星「あかり」で「イトカワ」を観測致しました。
(web の公開ページを参照:http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2007/0822.shtml
その観測についての経緯(と裏話)について書きたいと思います。

 赤外線天文衛星「あかり」は全天をくまなく観測しましたが、観測した天体の明るさの絶対値(物差しでいうと物差しの目盛り)はどう決めているのでしょうか? 地上の観測、特に可視光では「標準星」という明るさが決まった恒星があり、その「標準星」を観測する事によって、絶対値を決めております。では、赤外線、特に「あかり」の「遠赤外線サーベイ装置」の観測波長範囲である遠赤外線において、その可視光の「標準星」をそのまま適応できるのでしょうか? これは残念ながら、そのまま使用する事ができません。遠赤外線では非常に明るい惑星とごく一部の恒星(遠赤外線の波長では惑星と比べて何桁も暗い)しか「標準星」として使用できず、ちょうど良い明るさの「標準星」がない為に、絶対値を決めるには具合の悪い状態でした。
しかし10年ほど前に、形状のよく分かった小惑星を「標準星」として採用することによって、遠赤外線域でも「標準星」が充実してきました。つまり、惑星・小惑星・恒星を組み合わせて、遠赤外線域でも明るさの絶対値を求められるようになってきました。

 ここで「標準星」として小惑星を使う場合、明るさを理論的に算出する為のモデルを使用して、明るさの「絶対値」を求めます。但し、小惑星は1つ1つ個性がありますので、小惑星毎にモデルに入力するパラメーターが必要になります。具体的な入力パラメーターとして、自転周期・形状・自転軸の方向・表面物質・表面状態等です。逆に、これらのパラメーターが最低限わかっていないと「標準星」として使用できない事になります。しかしながら、現在『40万個』見つかっている小惑星の内で、これらのパラメータが分かっていて、かつ、遠赤外線域でも「標準星」として使える小惑星は約50個、つまり、約1/10000程度の個数しかありません。
一方、「イトカワ」は「はやぶさ」で探査しましたので、皆様のご想像の通り、上述のパラメーターが非常によく分かった小惑星の1つです。但し、残念な事に、形状が歪(いびつ)すぎて、遠赤外線域の「標準星」としては向きません。しかしながら、熱モデルの改訂、即ち、歪な小惑星でもどれだけ予測通りに明るさを求める事ができるかという事、には向いているわけです。そこで、我々は「あかり」の「近・中間赤外線カメラ」を用いて「イトカワ」の観測を行い、明るさを理論的に算出する為のモデルの改良を試みようと考えたわけです。

 さて、「あかり」で天体を観測するには幾つかの関門を突破しないといけません。それは「スケジューリング」・「観測」・「ダウンリンク」です。

 「あかり」は太陽同期の軌道を周回している関係上、実は太陽系天体が多く分布している「黄道面」近くにある天体の観測機会が少なくなっています(一番多いのは黄極で、毎周回観測可能です)。実は2006年10月にも観測機会がありましたが、明るさの問題と観測機会の問題から断念した経緯があります。しかし、今回はうまく「イトカワ」の観測が「スケジューリング」されました。

 次の関門は実際の「観測」です。地上の望遠鏡と天気に観測が左右されますが、「あかり」は宇宙望遠鏡だから、そのような心配はありませんでしたが、「あかり」特有の心配ごとがありました。観測自体はこれまでの「あかり」での観測実績で十分な天体導入精度・感度があるので、うまくいく事はわかっておりましたので、あとは、冷媒の液体ヘリウムとの寿命の戦いでした。しかしながら、幸いな事に冷媒が観測一ヶ月後の8月26日まで保てました(2007年8月28日トピックス記事メルマガバックナンバー162号)ので、これも結果的にはクリアになりました。

 そして、最後は「ダウンリンク(衛星から地上にデータを転送する事)」です。実は「あかり」はデータ量が大量であった為に、一部のデータは一発勝負、つまり、アンテナがうまく作動しないと、観測できたデータが失われてしまう事になっていました。このアクシデントの発生は全体の観測時間から考えますと希にしか起こらないのですが、それでも、失われたデータを必要とした人にとっては大きな損失になるわけです。実は「イトカワ」は2回の観測時間を割り当てていただいて、実際に2回観測できたのですが、最後の「ダウンリンク」で1つのデータがこのアクシデントに当たってしまいました!! なんともまた・・・・ ただ、もう1つのデータの方が無事でしたので、そちらの方で皆様のみた画像を作成したわけです。

 さて、無事であったデータの方は10分間の観測で波長7ミクロンと11ミクロンでそれぞれ4枚、計8枚撮像いたしました。この得られた画像を「近・中間赤外線カメラ」の通常の処理方法で画像処理をしてみましたところ、写っている筈の 肝心な「イトカワ」が写っていない?!?事が判明しました。「イトカワ」は移動天体ですが、位置予測精度は「近・中間赤外カメラ」の1ピクセル以下でありましたし、同様の移動天体の観測の実績もありましたので、非常に困惑しました。が、ほとなく原因がわかりました。
はじめに確認した画像は8枚を重ね合わせて、総てのフレームに同じ配置で写ってくれば浮かび上がるような処理をしていたのですが、これが原因だったのです。どういう事かと申しますと、それぞれの1枚1枚のフレームで「イトカワ」が高速に移動をしていたのです。つまり「イトカワ」が同じ配置に写っていないので、本来あるはずの「イトカワ」が消えていたのです。と言うことで、動画を作ることによって、「イトカワ」の存在を確認できたわけです。

 得られた「イトカワ」の天体の明るさは非常に明るく、我々の観測目的を十分満足するようなデータが得られました。ただ、10分間の観測のなかで、非常にダイナミックに移動する天体であり、かつ、その天体が「イトカワ」であった事から、科学データのみでなく、画像公開もという話になり(特に動画はあかりチーム内でも評判は良さそうでした)、最終的にみなさんがご覧になったようなweb 公開になった訳です。

 以上が「あかり」による「イトカワ」の観測の経緯であります。華々しそうなこのような観測でも、裏では色々とあり、筆者がたびたび冷や冷やした事が皆様にも伝われば幸いです。

(長谷川 直、はせがわ・すなお)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※