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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第165号

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ISASメールマガジン   第165号       【 発行日− 07.11.13 】
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★こんにちは、山本です。

 明日14日(水)NHK総合で、「かぐや」搭載のハイビジョンカメラによって撮影された月面の映像が放映されます。(午後8時〜8時45分)

 先日、NHKのニュースで一部が放映されましたが、ハイビジョン映像は本当に目を見張るものがあります。機会がある方は、是非ハイビジョンTVでお楽しみください。

 今週は、宇宙科学情報解析センターの篠原 育(しのはら・いく)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:コンピュータの1000人1001脚競争で宇宙を探る
☆02:かぐや」と「おきな」、月の裏側の重力場の直接観測に成功!
☆03:「かぐや」、ハイビジョンカメラ(HDTV)による世界初の月面撮影に成功!
☆04:東大記念イベントで「おおすみ」「ペンシル」を展示
☆05:ISASの成果を壁紙にしました。
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★01:コンピュータの1000人1001脚競争で宇宙を探る

 「スーパーコンピュータを使って研究をしています。」といったら皆さんはどういうイメージをもつのでしょうか?

 パソコン(パーソナルコンピュータ)が広まった今となっては、ネットサーフィン、メールのやり取り、ワープロソフト、デジカメ写真の編集、…、などなど、コンピュータは、一見、計算とは関係がなさそうな用途に利用されることがほとんどなので、コンピュータが計算をするための道具であったことを忘れている方もいるかもしれません。

 スーパーコンピュータの何がスーパーかというと、とにかく計算を速くすることができるから“スーパー”です。例えば、数年前まで世界一速い、といわれていた日本の地球シミュレータという計算機は、1秒間に40兆回もの演算(かけ算や割り算のことです。)を行うことができます。最近のパソコンは速くなった、といってもおよそ1秒間に数十億回の演算しかできませんから、いかに“スーパー”か、がおわかりいただけるでしょう。ちなみに、ISASのスーパーコンピュータは1秒間に1兆回の演算を行うことができます。

 私は、このスーパーコンピュータを使ってシミュレーションをすることで、宇宙のプラズマについて研究をしています。宇宙のプラズマについて説明すると、長くなるので、詳しい説明はまたの機会にしますが、プラスの電気をもったイオンと、マイナスの電気をもった電子がたくさんあつまってできたガスのことだと思ってください。地球をとりかこむ宇宙空間は、太陽からやってくるプラズマガスの風と地球の大気が紫外線にさらされてできるプラズマガスで埋め尽くされています。これらのガスが、オーロラを光らせたり、磁気嵐を起こしたり、あげくの果ては人工衛星を壊したり、などなど、激しい現象の源となっていることを、聞いたことがある人もいるかもしれません。

 このプラズマガスのふるまいを正確に知ろうと思うと、究極的には、プラスのイオン、マイナスの電子のつぶつぶの運動を正確に計算する必要があります。私のシミュレーション研究は、こうしたつぶつぶの運動を1つ1つ計算しながら、プラズマのガスとしての運動をシミュレートして、宇宙のプラズマのシミュレーションをしています。最近のパソコンでは、つぶつぶの数は100万個ぐらいの計算ができますが、ISASのスーパーコンピュータを使うと数十億個のつぶつぶの計算ができます。それでも、宇宙はとても広いので、数十億個のつぶつぶの計算をしても、たかだか地球の1/8ぐらいの空間しか計算できないのです。研究者としては、これでは全然満足のできないことで、もっともっと大きな領域を計算して、激しくふるまう宇宙のプラズマの謎を解き明かしたいと思っています。

 それでは、どうしたらより速い“スーパー”なコンピュータが手に入るのでしょう?

 最近のスーパーコンピュータはほとんど例外なく、「並列計算機」というタイプの計算機です。「並列計算機」は、ようするに沢山のコンピュータでお仕事を分担して、全部のお仕事を速く終わらせよう、という発想でできています。ISASのスーパーコンピュータは128人でお仕事を分担する計算機です。だから、実は1人あたりの能力はパソコンとほとんどかわりません。

 みんなで協力してお仕事を分担すれば、確かに仕事は早く終わるような気がします。例えば、100ページのドリルが宿題でだされたとしたら、100人で分担すれば1人は1ページのドリルをこなせばよいのですから、かかる時間は多分、1/100しかかかりません。しかし、仕事の内容によっては、それぞれに分担された仕事の量とか、隣の人と相談しながら進めなければいけない仕事とかがあるので、ことは簡単ではありません。例えば、先ほどのドリルの例でも、前のページの答えをしらなければできない問題があったり、あるページだけ問題数が他のページより沢山あったりすると、何人かで相談しなければならなくなるので、すべての宿題が終わるには1/100よりはちょっと余計な時間がかかるでしょう。100人で分担しても何人もと相談しなければ仕事を終えられない場面が、実際のコンピュータシミュレーションでは沢山あらわれます。

 このようにみんなでお仕事を分担して、協力しながら乱れないように仕事を進めることは、ちょうど2人3脚競争のようなものです。お互いの息をあわせて、なるべく乱れのないようにうまく仕事を進めて、できるだけ速くゴール(計算結果をえる)にたどりつくことが目的になるからです。私たち、スーパーコンピュータを使ってシミュレーションをしている研究者にとっては、この2人3脚競争をいかにスムーズにゴールさせるか、で日々苦労させられています。

 息があった計算ができて、はじめて“スーパー”コンピュータの実力発揮となります。よく、はじめてスーパーコンピュータを使った学生さんなどが、自分の計算プログラムの速さが自分のパソコンとあまりかわらない、と嘆いている場面に出くわしますが、それはそのプログラムが2人3脚の準備ができていないからなのです。スーパーコンピュータが“スーパー”な理由は、本当は1人の能力がすごいのではなくって、2人3脚の息を簡単に合わせたり、お互いの相談を簡単におこなえるようにしたりする仕組みにあるのです。だから、パソコンを1000台集めただけでは、本当のスーパーコンピュータにはなりません。

 現状ではそれでも、残念ながら2人3脚の準備を一生懸命しなければ、“スーパー”な計算はできません。次世代のスーパーコンピュータでは、1000人とか10000人とかの並列計算をしなければならないでしょう。私たちはこの1000人1001脚競争をうまくこなして、より大きな宇宙のプラズマをシミュレーションしたいと思っています。今から5年ぐらいすると、1秒間に1京回(1兆の10000倍!)ほどの演算ができる、日本の次世代スーパーコンピュータが動きだすといわれています。このような巨大なコンピュータを使いこなして、誰もみたことのない世界をつくることで、宇宙の謎にせまり、その理論を衛星観測によって証明することが、シミュレーション研究者としての私の夢なのです。

(篠原 育、しのはら・いく)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※