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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第133号

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ISASメールマガジン   第133号       【 発行日− 07.04.03 】
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★ こんにちは、山本です。

 新年度が始まりました。先日新聞に、大学の先生の【肩書き】が変わる話が載っていました。ISASでも4月から、研究系の職名が変わります。 【教授】は今までどおりですが、【助教授】は《准教授・じゅんきょうじゅ》へ、【助手】は《助教・じょきょう》となります。

 私は、職名(肩書き)で名前を呼ぶことはないので、「ふーん?!」と聞き流していたら、廊下でお会いしたTさんから、しっかり「今度、○○研究系の助教で来られた□△さんです。」と紹介されました。

 その後、仕事の申請にきた当の□△さんは、職名の欄にしっかり【助手】と書いてありました。

 今週は、宇宙航行システム研究系の澤井秀次郎(さわい・しゅうじろう) さんです。

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★01:小さく始める大きな夢
☆02:ISASビデオが文部科学大臣賞受賞!
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★01:小さく始める大きな夢

 宇宙に関して取り上げられることが多い話題のひとつに宇宙旅行というのがあります。ところが、第三者的にみて、実現しそうな話は良く聞くけど、 なかなか実現しません。自虐的に言えば、専門家に、
「宇宙旅行はいつ頃実現しますか?」
と質問すると、
「20年後には普通の人が宇宙に行けるようになっています」
と答えるのは、30年前からのお約束となっているような状況です。

 最近では、海外などで、民間資金での宇宙旅行というものが実現しかかっているなど、変化の兆しはありますが、残念ながら、国産の宇宙旅行というものはなかなか見えてきません。この理由を冷静に考えると、やはり実現までに要する研究開発の規模の大きさというものがあります。常識的に考える と、宇宙旅行実現への道は、長期間にわたって多大なコストを要します。そ れが、30年前から、「出来そうでなかなか出来ない」宇宙旅行となってしまっていることと深く関係していると思います。

 人が宇宙に行く、特に一般の人が特別の訓練なしに宇宙に行くようするためには、いくつかの大きな技術的なブレークスルーが必要です。そのため、その研究開発には膨大な予算を必要とするのも常識です。また、宇宙旅行実現のために必要な技術についても、いくつかの選択肢があります。たとえば、ロケットエンジンの性能を極力向上させてロケット型の機体で宇宙に行こう、という考え方もあれば、乗り心地を良くしやすい飛行機のような形の機体にした方がよい、という意見もあります。

 どういう技術を研究開発すると、宇宙旅行に手が届くか、どちらの方がより良いか、厳密なところは見えていない中で、どの研究開発に巨額を投じるべきか判断ができない、というのが、この数十年、我々が置かれた状況ではなかったでしょうか。その結果、研究開発を集中できずにいたのではなかろ うか、と思います。


 私の認識では、この状況は、現在もあまり変化がありません。たしかに過去に、様々な研究が為されており、知見が増えています。そのため、宇宙旅行実現への投資リスクが相対的には低下してきており、民間宇宙旅行のブーム(願わくば、近い将来、ブームを超えて定着してほしいですが)が起きている一因になっているのでしょう。

 しかし、そうは言っても、まだまだ、わかっていないこともあります。
現場で研究している立場を離れて、金を出すサイドの立場を考えると、「どの分野にどれくらい予算をつぎ込むと何が実現するのかわからないから、恐くて金を出せない」、ということなのかもしれません。そのような考え方は客観的には至って正常でありますが、その一方で、私も属している研究者サイドでは、「研究資金がないから、いつまでも実現できない」、という不満を抱えている人がいることも、また正常な事実と思います。


 これに対して、私は、まずは小さな規模で研究の原理原則や本質をとらえた実証を行い、ステップアップしていくべきだと考えています。これは、一般社会でもごく当たり前のことであり、まずは小さい規模で予備的に何かをやって確かめる、というのは、洋の東西を問わず、昔からごく普通に行われている人間の知恵です。実は、宇宙旅行の場合、それが難しいのは、最終形態の規模が巨大であるため、そもそも最初に始める「小さい規模」自体が相当の工夫をしないと巨大になってしまう、という点にあります。また、その研究の途中成果がどうスピンオフされるのか、どういう産業を創造できるのか、などについては、予めわからない点が多い、というのも、話を進みにくくしています。とにかく、工夫に工夫を重ねることで、規模は小さいが研究の本質は逃さない、そんなことができないか、について考えています。


 そんな中で、私は、将来の宇宙への輸送手段が飛行機のような形のスペースプレーンであると仮定して、その実現のための大きな技術的なキーポイン トであるエンジンの実現性を実証する手段の研究を行っています。

 このエンジンは、特殊なジェットエンジンで液体水素を燃料としています。過去に、JAXA(統合前は主に宇宙研)でそのような形態のエンジンの研究が継続されていますが、実際に超音速や極超音速で飛行した状態でエンジンがきちんと動作するか、というのが最大の疑問になっています。そこで、私は、是非、このようなエンジンを超音速などの非常に速い速度で飛行させて、その実証をしてみたいと考えています。

 普通に考えると、エンジンを超音速状態に持っていくのにするのには多大なコストがかかります。それに対応するため、私の研究仲間の人たちは、 まずエンジンを小型化しました。大型のエンジンでは、それを加速するのがそもそも大変だからです。

 実は、小型化しすぎるとエンジンとしての性能は落ちます。しかし、たとえ小さいエンジンでも、本質的なところが大きなエンジンと変わらなければ、研究として見通しを得ることはできます。このことは、エンジン研究者の立場からすれば、「敢えて性能が悪いエンジンを作らされる」ということになります。しかし、多くの議論の後、私の仲間たちは、本質を見失わない設計になっていれば、たとえ自分が精魂込めて作り上げたエンジンの性能が見劣りしても構わない、それよりも非常に高速の特殊な環境でもきちんと動作す るということを証明するんだ、という決意のもと、新たな研究開発をスター トしました。

 ただ、エンジンがいくら小さくなったと言っても、それを非常に速いスピードにまで加速するのは容易ではありません。そこで、私たちは気球に目を付けました。気球によって高い高度にまでエンジン(とエンジンが付いた機体)を持ち上げてもらって、そこから落としてもらえれば、重力だけで超音速にまで加速させることは可能です。気球だと、観測ロケットなどに比べてコストも安いですし、難しいことを言えば、観測ロケットを使うと、スペースプレーンではあり得ないような厳しい条件にエンジンが耐える必要が出てきます。その点、気球は第一歩として最適だと判断しています。

 このような考え方のもと、私たちは、スペースプレーンに使われるであろうエンジンの小型版と、それを超音速飛行させるための気球落下機体システ ムの設計・開発を進めています。うまくいけば、2年以内には飛行実験をやりたいと思っています。ちょうど今も、そのエンジンの燃焼実験をやっている最中で、作業の空き時間を利用して原稿を書いています。

 このエンジンを高速飛行させるのは初めてのことになるので、どんな結果が出てくるかわかりません。ひょっとしたら、「こんなエンジンでは原理的にダメ」という結果が出てしまうかもしれません。私たちはそんなことにはならないと信じています。期待していただきたい、と思います。

(澤井秀次郎、さわい・しゅうじろう)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※