宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2006年 > 第104号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第104号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第104号       【 発行日− 06.09.05 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★こんにちは、山本です。

 101号に、夏休みモードで掲載した『サハラの友達』へ、BIGイベント以外では今までにない感想が届いています。文面から察すると40代の人たちに共感を呼んでいるようです。

 これからも、研究のことはモチロンですが、ISASで働いている人たちの人間性が伝わるような記事も掲載していくように『ガンバロー』……

 今週は、技術開発部の岸本直子(きしもと・なおこ)さんです。
先月のISASニュースの編集委員会で、研究管理棟で【ヤゴ】を飼っている人がいると話題になったので、早速、見つけ出して原稿をお願いしました。

── INDEX──────────────────────────────
★01:変身する生き物と宇宙構造物
☆02:大気球を使って世界最大級のソーラーセイル展開に成功
☆03:すばる望遠鏡で、127億年前の宇宙に超巨大ブラックホールを発見
───────────────────────────────────

★01:変身する生き物と宇宙構造物

 人工衛星や宇宙ステーションなどの宇宙構造物は、ロケットやスペースシャトルで宇宙空間に運ばれます。そのため、小さくたためて宇宙に着いてから大きく広げる工夫が必要です。ロケット自体も、テレビの打上げ中継で発射台に設置されているような姿から、さまざまな分離機構や展開機構によって次々と形を変えていきます。このように宇宙開発に利用される構造物は、基本的に形や働きを時々刻々変化させる、まさに変身する構造物なのです。ところが限られた空間と重量での「変身」技術には多くの技術的な工夫が必要です。

 そこで、身近にあって変身するものを思い浮かべてみると、代表的なものに昆虫の羽化があります。夏休みの自由研究で観察した方もいるかもしれません。1時間ほどのあいだに姿形が全く変わってしまうことに驚きます。
私たちは、この巧妙な昆虫の変身テクニックを、太陽発電やソーラーセイルなど大面積の膜面宇宙構造物の変身のヒントにしようと考え、さまざまな昆虫(主にトンボのヤゴやセミ)を飼育しその羽化を観察しています。

 とはいえ、その道は決して平坦なものではありません。第一我々は生物学の専門家ではないので、生物の飼育や観察は本業の合間に趣味的にやらざるを得ません。そして生き物は基本的に「季節もの」なので、こちらの活動スケジュールもそれに合わせなくてはいけません。

 例えばトンボの羽化の観察では、ヤゴから飼育しないと意味がないので、3月ごろから活動が始まります。南から北へ地域差を利用し、人脈も駆使します。相模川などにも採集に行きますが、出張先や知人から宅配便で送ってもらうこともしばしばです。そうして集めたヤゴは、自然の明暗サイクルを維持するため研究室の廊下で飼育しています。餌をやったり、水を替えたりしながら育て、羽化間近のサインが出たら、24時間交替で監視するのです。なぜっていつ羽化が始まるかは誰にもわからないですからね。飲み物や弁当を買いにいったり、今日はないと判断して着替えに帰ったりしている間に始まってしまったことが数多くあります。スルスルとヤゴが支柱に登ってきたら、ビデオやカメラ、ときにはマイクロスコープをセットして撮影の準備をします。それでも「や〜めた」と言わんばかりに水中に戻ってしまうヤゴがいたりするので気は抜けません。

 その点、セミはずいぶん楽です。夜8時ごろ、「懐中電灯・虫除けスプレー・虫かご」の3点セットを抱えて、研究所の近くの淵野辺公園に行き、羽化のために地中からでてきた幼虫を捕まえて、研究室に持ち帰るだけです。ただし、不審者に間違えられないように身分証の携帯を忘れないように注意しています。

 そのあと撮影と観察が始まるわけですが、途中でカメラの視野からはずれてしまったり、ビデオテープの最後に羽化が始まってしまったり、はたまた羽化に失敗してしまうものもあったりで、全くもって油断は禁物です。

 このような苦労はありますが、何度観てもやはり羽化シーンには感動します。深夜あるいは早朝、薄くて白い翅が決められた手順に従って広がっていく様子には、軌道上で太陽電池パネルやアンテナが展開するごとく、秩序正しく、また一分の狂いもない美しさを感じます。よくできた構造や機構は、ぱっと見ただけでもなんとなくうまくいきそうな気がする、と言います。
もちろん、たくさんの緻密な設計や検証があってこその結果であることは事実ですが、そういうバランス感覚も大事だと考えています。生物と人工物では設計思想がそもそも違うという考えもありますが、生物の変身過程を見ていると、よくできた機械システムの動作を見るのと同じ印象を受けることがあります。そういった意味でも自然界の動植物の形態やその変身技術には学ぶべきところも多いのではないでしょうか。

(岸本直子、きしもと・なおこ)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※