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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第92号

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ISASメールマガジン   第092号       【 発行日− 06.06.13 】
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★こんにちは、山本です。

 W杯(ワールドカップ)が始まって寝不足の日々が続いている方も多いでしょう。FIFAのランキングどおり(日本は22位)ならば、予選を通過するのも大変そうですが。どうか、長い間日本の試合が楽しめますよう願っています。

 今月下旬から約1ヶ月にわたって、M-V-7号機の第1組立オペレーションが内之浦実験場で行われます。第1組立オペレーションが終了すると直ぐ一般公開・きみっしょんとイベントが続きます。

 少しは、夏休み休暇が取れるのでしょうか?

 今週は、宇宙輸送工学研究系の嶋田 徹(しまだ・とおる)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:粒子は燃えている
☆02:宇宙科学研究本部 一般公開のお知らせ
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★01:粒子は燃えている

 「太陽は燃えている」という歌がありますが、今日は粒子が燃えている話です。

 粒子って何? それはM-Vロケットのような固体ロケットの燃焼ガスに含まれるアルミニウム液滴のことです。燃焼ガスって気体だけじゃないのです。煙は微粒子ですよね。固体ロケットの燃焼ガスにも煙に相当するアルミナ微粒子が含まれています。さらに、その煙の元がアルミニウム液滴なのです。では何故アルミニウム液滴が入っているのでしょうか?それは、固体ロケットの燃料に関係があります。

 その前に、そもそも固体ロケットって何?それは、化学燃料が固体の状態で貯蔵されているタイプのロケットのことです。液体ロケットと対比して、燃料の貯蔵の仕方が全然違うわけですね。固体の状態にすると密度を高くできますし、燃焼室がそのまま燃料貯蔵タンクとして兼用できるので、とても効率的な構造になっています。ある意味では究極形態ですね。

 固体推進薬の材料としては、貯蔵時(常温)でも安定して固体でいられる物質で、燃料や酸化剤となる物質を使います。実用化のためには燃焼性能だけでなくて、製造性や貯蔵安定性、製造コストなど色々な条件が整う必要があります。特に衛星打上げに使われるような大型のロケットに使われる固体推進薬は、コンポジット推進薬と呼ばれていて、酸化剤粒子と金属燃料粒子を燃料でもある高分子材料で練り混ぜた後、硬化させた推進薬です。この金属燃料としてアルミニウムが使われているのです。

 アルミニウムは燃焼すると高い熱を出し、酸化アルミニウム(アルミナ)になります。アルミナは酸化性などなく無害の物質ですし、ロケットの中では液相の微粒子(ミスト)として、燃焼室内の音響圧を抑制してくれる働きもあります。更に良いことにアルミニウム粒子を大量に入手することは比較的容易です。固体ロケットの燃料として、こんなに都合のよい金属はそうゴロゴロしているわけではありません。M-Vロケットの推進薬には質量比で20%のアルミニウムが含まれています。アルミニウムを入れることで燃焼温度が上がり、その効果だけを見積もると2割程度の性能アップに寄与します。なんだ、2割かと思われるかもしれませんが、皆さんがお買いものされるとき2割引というと結構良いでしょう。それ以上にロケットの世界では2割アップはかなり良いということになります。

 では、アルミニウムのおかげで万々歳か?というと、ところがそう簡単にはいきません。アルミニウムは、もともと固体のアルミニウム微粒子として混ぜられています。粒の表面は酸化していますので、アルミニウムはアルミナの殻に包まれています。コンポジット推進薬の燃焼はとても複雑で、酸化剤や高分子燃料の分解・燃焼とアルミニウムの燃焼の所要時間がずいぶん違うのです。アルミニウムは周りから熱をうけて融け、アルミナの殻を割り、お互いがより集まって塊となっていきます。中には直径100ミクロン程度の大きなな液滴となるものも出てきます。さらに温度が上がって融解アルミニウムの蒸発が始まりますと、周囲の酸素と反応して火炎に包まれることになります。そうなることでようやく、燃焼室内に飛び込んでいくのです。

 アルミニウム液滴が大きければ大きいほど燃焼完結までに時間がかかります。それでも、その時間はM-Vのような大きなモータの燃焼室内であれば、滞留時間に比べて十分に短いものです。大きい液滴ができて困るのは、別の点にあります。アルミニウム液滴が大きくなるほど、もともと出発時点で含まれるアルミナの絶対量が多くなります。燃焼室の中でアルミナは燃焼しません。ということは、燃え滓として残るアルミナ粒子ができるということです。大きいものでは10ミクロンを上回るかもしれません。(念のためこれは冒頭で述べた煙ではありません。煙は蒸気となって燃焼した火炎で作られた酸化アルミニウムが相変化したもので、粒は直径1ミクロン程度の小粒です。)

 この燃え滓のアルミナ粒子が結構悪さをします。固体ロケットの性能を低下させる主要因に混相流ロスがあります。大きな粒子であるほど、混相流ロスが大きくなるのです。大きすぎる粒子は、ノズルののど部での加速で結構分裂するようですが、燃焼室内では大きなままです。ノズルの先端に衝突したりして、断熱材の表面が抉(えぐ)られたりします。

 どうすれば、粒子が大きな集塊になる前に蒸発が始まって着火し、離脱させることができるのでしょうか? アルミニウムの集塊の大きさは初期のアルミニウムの大きさ、酸化剤の粒の大きさ、燃焼圧力等によって決まるという説があります。そのような考えに沿ってM-Vの推進剤はベストな選定がされています。

 別の方法で、良くするには? 一般論としては、アルミニウムの周囲の熱環境や酸素の拡散環境を改善しましょうということがあるでしょう。どうやって? 現在ISASでは、マグナリウム(アルミニウムとマグネシウムの合金)をアルミニウムに配合する新推進薬の開発が進められており、アルミニウム集塊を小さくする効果が確認されています。関係者は性能アップに貢献するだけでなく、コストや環境にも良くなるようにと構想を描いているところです。

 粒子は燃えています。乞うご期待。

(嶋田 徹、しまだ・とおる)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※