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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第76号

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ISASメールマガジン   第076号       【 発行日− 06.02.21 】
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★ こんにちは、山本です。

 早起きしてASTRO-F/M-V-8号機の打上げ中継を待っていた皆さま、応援ありがとうございます。本日の打上げは、降雨のため中止となり、明日22日(水)の同時刻午前6時28分となりました。

 内之浦の実験班は、今日も午後6時過ぎから打上げのタイムスケジュールに入ります。また明日、トリノオリンピックを応援しながら、ASTRO-F/M-V-8号機の打上げライブ中継も、応援!ヨロシクお願いします。(http://jaxa.tv/)

 今週は、宇宙情報・エネルギー工学研究系の吉川 真(よしかわ・まこと)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:小惑星イトカワの運命
☆02:ASTRO-F/M-V-8の打上げは22日に
☆03:ISASコラムを更新しました。第21回
☆04:宇宙学校・東京 <宇宙に夢中!>
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★01:小惑星イトカワの運命


 このメールマガジンでも何回も話題になっています小惑星探査機「はやぶさ」に関連して、今回は小惑星イトカワの軌道進化についてご紹介したいと思います。

 ご存知のように、イトカワは、誰も予想していなかったような素顔をしていました。たくさんあるはずと思われていたクレーターはほとんど見られず、その代わりにごつごつとした大小無数の岩塊に覆われています。人類が初めて見た「星の王子さま」のふるさとは、まさに想像を絶するものだったのです。こんなにデコボコしていたら、王子さまが休む場所がなさそうですね。ですが、王子さまが日の入りを見たければ、数百メートル歩けばいつでも見ることができる世界です。まあ、王子さまが日の入りが見たいときはかなしいときですから、あまりそのような状況にはなって欲しくはないですが。それにしても、イトカワ上で見る日の出・日の入りはどのような光景なのでしょうか。

 さて、小惑星イトカワは、典型的な地球接近小惑星です。地球接近小惑星とは、その名の通りに地球軌道付近にやってくる小惑星で、地球に衝突する可能性がある天体です。そのような天体には小惑星以外に彗星もありますが、両者を合わせて、英語ではNEO(エヌ・イー・オー)と呼びます。これは、Near Earth Objectの頭文字をとったものです。NEOの定義は、小惑星や彗星のうち、近日点距離(太陽に最も近づく地点の太陽からの距離)が1.3天文単位以下になるものです(1天文単位=約1億5千万km)。イトカワの近日点距離は、約0.95天文単位ですから、地球軌道の内側まで入り込むNEOとなっています。

 NEOは、一般的に地球など内側の惑星に接近しやすい軌道にあります。小惑星は、惑星に接近するとその軌道が変えられてしまいますが、惑星への接近が頻繁に起こると、その軌道進化はカオス的になることが知られています。カオス的というのは、初期条件の微小な違いが急速に拡大されてしまう状況を指します。たとえば、観測によって推定された小惑星の軌道には、必ず誤差が含まれていますが、仮に誤差が非常に微小だったとしても、軌道がカオスの状況にあると、その誤差が急速に拡大して未来にどこにその小惑星がいるのか、計算で求めることが事実上不可能になってしまうのです。イトカワの場合、軌道がそれなりに正確に求めることができる期間は200年間くらいで、それよりも長く軌道を計算すると、小惑星がどこにいるのか分からなくなってしまいます。

 イトカワは「はやぶさ」が探査する小惑星ですから、筆者らは、しばらく前からイトカワの軌道進化を調べていました。軌道がカオス的になってしまうので、統計的な手法を用いています。計算の詳細は省略しますが、イトカワの未来は、地球ないし水星・金星・火星などの惑星か太陽に衝突する可能性が高いことが分かりました。また、NEOの軌道進化を調べた別の研究者の結果を用いてイトカワの過去を推定してみたところ、小惑星帯の内側の縁付近にイトカワの起源がありそうだということも分かりました。つまり、イトカワは、小惑星帯の内側の縁から、特別な力学的な状態を経て、現在の軌道まで進化し、将来は地球などの惑星か太陽と衝突してその運命が終わるということになります。これは、NEOの典型的な軌道進化です。ちなみに、イトカワが地球に衝突する確率は、頻度に換算すると100万年に1回くらいになります。(もちろん、1度衝突してしまえば、そこで終ってしまいますから、100万年に1度の割合で繰り返すというわけではありません。)

 昨年秋にこの計算結果を発表したのですが、ちょうど「はやぶさ」が話題になっていたこともあって、「イトカワが地球に衝突する確率は100万年に1度!」というような見出しで報道されました。その報道を見た人から、そのような計算をして何が面白いのかというようなことを聞かれましたが、報道ではこちらの真意が伝わっていないのです。こちらで言いたかったことは、イトカワという小惑星が典型的なNEOの軌道進化をしているということから、「はやぶさ」がイトカワを探査する意義として、地球に衝突してくる天体の素性を知るということも挙げられるということです。「はやぶさ」では、小天体を探査するための工学技術実証が第一の目的で、小惑星の起源や進化を知るというサイエンスが二番目の目的です。そして、天体の地球衝突というスペースガードの問題について、大きさが500m程度のNEOの至近距離からのデータを世界で初めて提供するということが三番目の意義として挙げられると思います。この点をきちんと伝えてもらえなかったことが残念でした。

 ところで、イトカワのそばには、ミネルバとターゲットマーカも飛行しています。ここでのターゲットマーカは、表面に投下された88万人の名前入りのものではなくて、その前に試験として分離された方のターゲットマーカです。これらは、現在はイトカワのそばにいるはずですが、徐々にイトカワから離れていくことになります。ですが、軌道としてはイトカワと似たものになっています。ということは、ミネルバやこのターゲットマーカも地球に衝突してくる可能性があることになります。もちろん、ミネルバやターゲットマーカなら、衝突しても大気中で燃え尽きてしまいますから脅威ではありません。むしろ大気突入のときには、流星として美しく輝いて見えるかもし れません。特にターゲットマーカの内部には、多数のビーズが中に入っていますから、大気圏に衝突したとき、どのような流星になるのでしょうか。でも、ターゲットマーカを流星にするなど、苦労して開発された久保田先生(ISASメールマガジン第074号)や他の皆さんに怒られてしまうかもしれませんね。また、ミネルバもできるならいつの日にか再会したいものです。

 いずれにしても、イトカワが地球に衝突してくることはあり得ることです。仮に衝突してくるとしてもかなり先の未来でしょうから、心配する必要はありません。それに、そのころの人類ならうまく衝突を回避する策を持っていることでしょう。そのときは、単に衝突回避をするだけでなく、イトカワを地上に“軟着陸”させることもできるかもしれないですね。その場合には、88万人の名前が入ったターゲットマーカが転げ落ちないように注意してもらいたいですね。

(吉川 真、よしかわ・まこと)

今日の「はやぶさ」
http://www.isas.jaxa.jp/j/enterp/missions/hayabusa/today.shtml

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※