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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第26号

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ISASメールマガジン   第026号        【 発行日− 05.03.01】
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★ こんにちは、山本です。
 JAXAのH-IIAロケット7号機打上げも無事終了。次はISASのM-V-6号機によるX線天文衛星ASTRO-EIIの出番です。
 今週から若手ばかりでなく広報委員会のメンバーにもご登場願うことになりました。トップバッターは、宇宙科学情報解析センター長の長瀬文昭(ながせ・ふみあき)さんです。

―― INDEX――――――――――――――――――――――――――――――
★01:地球発宇宙号 ― 星・銀河の旅
☆02:「歴史上最大規模のガンマ線が約3万光年の彼方から地球に飛来」
☆03:X線天文衛星ASTRO-EII 打上げに向けた準備を開始!
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★01:地球発宇宙号 ― 星・銀河の旅

 2月8日の第23号で朝木さんが大学1年生対象の宇宙科学の講義について経験談を語っていらっしゃるので、これを受けて(続編という訳ではないが)私の経験を紹介したいと思う。

 3年ほど前に既に宇宙研を退官して数年になる先輩からA大学の宇宙科学の講義を引き継いでくれないかと依頼されてこれを引き受けた。今年度から友人が学科長を務めるB大学で宇宙科学の講義をするよう依頼されてこれも引き受けた。共にミッション系総合大学であり、講義は全学部・全学年対象の共通基礎科目(自然科学系選択科目)である。大教室で100〜200名の学生を相手に講義をする事になる。私の宇宙科学は本メールのタイトルにした「地球発宇宙号―星・銀河の旅」をサブタイトルとした比較的オーソドックスな構成である。地球上層大気・磁気圏オーロラから説き始め、太陽・惑星・太陽系小天体、星の誕生・進化・終焉、高密度天体、銀河・銀河系、活動的銀河核・ジェット天体、銀河団・宇宙の大構造・宇宙論と話が遠方に向かって進む。そして、系外惑星や宇宙生命の話がその中に挟み込まれる、という流れである。

 実は最初に先輩からA大学の講義を引き受けたときには、昔用意した東大の大学院向け講義録はまるで役に立たないにしても、東工大の学部向けに行った宇宙科学の講義ノートを多少易しくアレンジすれば良く、たいした時間をかけないで何とかなるだろうとタカをくくっていた。しかし私が引き受けると分かって安心した先輩が
「人口密度なら何となく分かるのですが、そこの密度ってなんですか?」
などと質問する奴らを相手に講義などやってられないと宣(のたま)い、またその学長、工学部長との事前の面談の折には
「数式などは極力使わないで講義をしてくれ」
と指示されるに及んで次第に不安になってきた。案の定最初の講義(古代天文学から現代宇宙科学への歴史、天文定数と単位、宇宙の階層構造などごく易しい序論)でH2Oと板書すると
「先生その記号何ですか?」
と質問が飛び
「化学記号も知らんのか!」
というと、
「私は高校で物理も化学も選択していません」
とケロリと宣う。まるでそのような事を配慮しないで講義する講師は失格であると言わぬばかりである。そして講義終了後数人の女子学生に取り囲まれて、今後もこんなに難しい(私はまるで易しい話をしているつもりなのに!)講義が続くのですかと詰め寄られてしまった。この時私は相当なカルチャーショックを受けた(私は研究所での出来事などあまり顔に出さないので、私の行動をまるで気にしない家内が ー 今日はどうしたの? 元気ないわね! ー と感知したほどである)。

 数学の基礎知識もほとんど無く、高校で物理も化学も選択していない文科系低学年の大学生にとって有意義であり、且つ自然科学に対してある程度の基礎的素養のある理科系高学年の大学生も退屈しない宇宙科学の大学での講義とはどのようなものであろうかと考え、悩んだ。まだ答えは出ていないが、この大学生たちが宇宙の構造、自然の摂理をおぼろげであれ正しく理解し、卒業して社会人となり家庭を持って父母となった時、子供たちに語る事が出来るような自然観、宇宙像を持つ事が出来れば講義の意義もあるだろうと思う。そこでまず学生たちが興味を持って講義を聴くよう仕向けるために、パワーポイントを利用した講義のプレゼンテーションを用意する事にした(最近はどこの大学でも多くの講師がパワーポイントプレゼンテーションを利用しているようだ)。そして毎回に講義の中にオーロラ、惑星・彗星、太陽コロナループ、暗黒星雲、惑星状星雲、超新星残骸、スターバースト銀河、ジェット天体、銀河のスローンデジタル全天サーベイマップ、COBE、WMAP衛星による3度K宇宙マイクロ波背景放射の全天マップなどの美しい天体画像をちりばめ(NASA画像アーカイブ、ハッブル宇宙望遠鏡公開ギャラリーに感謝、感謝! JAXAの教育・啓蒙活動Webページももっと充実させる必要がある)、さらに各種科学誌、科学雑誌の解説用イラスト図をフルに活用した、いわば紙芝居方式である。そして多くの画像の合間に(話は逆であるが)オーロラ発光の原理、恒星が進化の途上で惑星を持つ必然性、ブラックホール、暗黒物質、宇宙膨張などの観測的検証、等宇宙における自然現象の理解に関する解説が挟まって講義が進行する。このような準備をするのには大変な時間が必要で最初の半年は泣きの涙であった。おおよそ1000枚くらいの画像やイラストをインターネットと解説書・科学雑誌からのスキャンで揃えた。その中から毎回の講義に20枚程度を選び出し、合間に10枚程度は説明のページを加えて1回分の講義が構成される。注意すべきは、内容が多くなりすぎない事である。まじめな学生は全てノートに書き写そうとするが、パワーポイントプレゼンテーションではつい先を急ぎがちになる(筆記の遅い学生に付合っていられない気分になる)。後で必ず「写すのに忙しくて、折角の天体画像を十分鑑賞できなかった」とクレームが付く(今期後半からは一部資料をコピーとして配る試みをしたが、これはこれで問題がある)。

 努力の甲斐あって私の講義コースも次第に充実し、今年はかなり成功した(と自分では思っている)。最近はどこの大学でも全ての講義に対して学生による評価が実施される(嫌な世の中になったものだ)が、私の講義に対する学生の評価は上々のようである。また、期末試験の中にサービス問題として1問、この講義に対する感想、記憶に残ったトピックスにつて書かせているが、これらを通して私なりに手応えを感じている。今年はじめて講義を行ったB大学では最終回に
「現代の宇宙科学は著しい発展をとげているが、これまでの講義で話してきたように宇宙にはまだ解き明かされていない神秘的で不思議な謎や私たちが全く知らないことがいっぱいある。講義で分かっていないと言った事が、JAXAの科学衛星観測で近い将来に発見、解明されるかもしれないから、今後も科学ニュースに注意しておいてください。」
と締めくくったとき、思わず学生から拍手を受けた。私を招聘してくれた友人に聞くと、
「それは全ての講義に対してではないが、良かったと思う講義に対してはうちの学生はそのように反応する事がある。」
との事で大変気を良くしたものだ。しかし宇宙科学の講義も対象者毎にいろいろ工夫する必要があり、私の宇宙科学もまだいろいろ反省点や改良すべき点があります。私はこの3月で定年退職するが、A、B大学での宇宙科学の講義は先方から依頼される限り、ささやかな社会貢献として続けていきたいと思っている。

(長瀬文昭、ながせ・ふみあき)


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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※