第7章 はじまった大型の国際協力

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回収準備と文化の違い

8月に入ると、NASAミッション管制センター(MCC、ヒューストンのジョンソン宇宙センター内)と連携した回収運用訓練JIS(Joint Integrated Simulation)が実験の間をぬって始まった。飛行士がシャトルで発行する一部のコマンドを除いて、ほとんどのコマンドが相模原運用管制センター(SOC)から発行されるので、相模原の任務は重大である。

ヒューストンと相模原間の会話は日用語でなく、航空管制用語あるいは軍隊用語と類似である。YesはAffirmative、NoはNegativeとなるといった具合。言葉の障害を乗り越えられるかと心配していたが、相模原チームは運用を終える頃にはNASAのベテランと対等にやり合うまでになり、心配は取り越し苦労であった。ヒューストンスタッフは相模原の成果をたたえ、今回限りで相模原チームが解散するのは惜しいと最大級の賛辞を表わし、SFUフライトディレクターを勤めた山田隆弘は表彰を受けた。

実験が終った後、シャトルによる回収が一カ月以上延びたので、1995年11月初めまで太陽電池アレイのような柔軟構造をもつ宇宙機の動特性取得等を行い、11月からは回収にかかわる機能点検を行った。点検の一つに待機している冗長系の機能確認があった。冗長系を確認したいとNASAに伝えると、拒みはしなかったが、「我々だったらやらない」と薄笑いしながら云う。あからさまに云わないが、「何かあったときに灯を入れるのが冗長系。仮に不調と知れたらどうするつもりか」と云いたいのだろう。日本側の考えは、「その場に至って慌てるのでなく、予め策を練っておく」にあるのだが、まさしく文化の差を見る思いがした。彼ら(NASA)もそのことは承知しており、話は、ロシアはこうだ、イタリーはああだと文化論に花が咲いて終った。とにかく日本流は実行され、冗長機能は正常と確認された。

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