第1章 日本の宇宙開発のはじまり

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ペンシルの時代

国分寺工場跡地

1955年(昭和30年)2月末、糸川英夫は、戸田康明と自分の研究室の若手である吉山巌を伴って、国分寺駅前の新中央工業KK廃工場跡地の銃器試射用ピットを訪れた。新中央工業は、その国分寺の工場で以前「ナンブ銃」を製造していたのである。いくつかのコンクリートの建屋を見て回り、そのうちの一つに糸川が目をつけた。吉山は高速度カメラの電源を探し、幸い3相200ボルトの電源が見つかったが、生きているか死んでいるか分からない。再度調査することにして、3人は工場を後にした、その試射場予定地の周囲に顔を覗かせていた草の青い芽を、吉山はなぜかいつまでも覚えていた。

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