宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASニュース > 連載の内容 > ISAS事情

ISASニュース

「あかつき」の金星到着

No.418(2016年1月)掲載

 2015年12月7日朝8時51分(日本時間)、宇宙研の金星探査機「あかつき」が金星に到着し、姿勢制御用のシステムを使って周回軌道への投入を試みました。4本の23N級スラスターがバランスよく探査機の速度を落としてくれた結果、「あかつき」は金星の衛星になりました。軌道制御後の「あかつき」は、金星周回周期約13日14時間、金星に最も近いところ(近金点)では高度約400km、金星から最も遠いところ(遠金点)では高度約44万kmの楕円軌道を、金星の自転と同じ方向に周回しています。原稿執筆現在(2015年12月15日)、探査機の状態は正常であることも確認されています。

 周回軌道投入のオペレーションが成功することは、みんなが信じていましたが、実際その場では全員が緊張して探査機の速度変化を示すドップラーモニターを注視しておりました。指令電話では今村剛先生の読み上げる10秒ごとの噴射開始からのカウントと廣瀬史子主任が冷徹に読み上げるドップラーモニターからの推力の推定値だけが響いています。噴射が終盤にさしかかり、石井信明先生が「これで『あかつき』は周回軌道に入りました。R1c(コンティンジェンシープラン[緊急時対応計画]の呼び名)は行いません」と宣言しても緊張は解けませんでしたが、最後まで噴き切って探査機の各担当から異常なしの確認が取れたところで、一気にみんな立ち上がり握手攻めとなりました。立ち上がる直前に私から「我々はなすべきことをすべてやり終えたと思います。Our dreams will come true! 皆さん、おめでとうございます」と申し上げたことを記憶しています。ちなみにこの言葉は、(ドリカムも意識しましたが)「あかつき」打上げ前にサンフランシスコの中華料理屋でフォーチューンクッキーを砕いたときに出てきた言葉「Your dream will come true when you least expect it.」から引用しました。

 軌道投入4時間後からは観測機をONにして金星観測を始めました。5年間OFFにしてあったカメラ群ですが、熱や放射線による劣化もほとんどなくサイエンスに耐え得る精度の高い観測ができています。約7万kmの距離から画面いっぱいに金星が現れたときには、当然ですが歓声が上がりました。と同時に、見たこともない温度分布に「何じゃこりゃ」と言ったのは私だけではありませんでした。昨年の宇宙理学委員会における年度評価では「慎重に観測機をONしていくんですね?」という質問に、「いいえ、淡々とスイッチを入れていきます」とお答えして(実際その通りのことをしたわけですが)ひんしゅくを買いました。本当は、金星にたどり着くまでに入念な準備と試験をしておりました。原稿執筆時には、中間赤外カメラ(LIR)、1μmカメラ(IR1)、紫外イメージャー(UVI)が続々と観測をしており、冷却の必要がある2μmカメラ(IR2)も無事画像データを地球に送ってきました。

 今回の周回軌道投入は、初めて日本がほかの惑星を回る人工衛星をつくり出したという意味で重要であり、日本の惑星科学が新たな領域に踏み出した意義があると考えます。とりわけ、一度失敗した探査機の周回軌道投入を5年を経た後に成功した背景には、皆さまの暖かい励ましとチームの努力がありました。責任者として良いチーム、良い理解者に恵まれたと思うこのごろです(報道などを見ていると、私がチームをまとめ上げたような錯覚に陥りますが、本当はそうではありません。チームが“心を一つにして”取り組んだのです)。さらに、今回の成功のもっと深い意義は、日本が世界に向けて刻々と変化する惑星のデータを発信するレベルに到達したことであると考えています。これにより、日本は初めて太陽系探査を担う国として世界に認められるでしょう。あらためて皆さまにお礼を申し上げたいと思います。

(中村 正人)

「あかつき」を金星周回軌道に投入するための姿勢制御エンジンの噴射に成功し、管制室では拍手が起きた。

「あかつき」を金星周回軌道に投入するための姿勢制御エンジンの噴射に成功し、管制室では拍手が起きた。

金星探査機「あかつき」の四つのカメラによる金星の疑似カラー画像。紫外線・赤外線の単色の画像を、波長の長短に合わせて着色している。

金星探査機「あかつき」の四つのカメラによる金星の疑似カラー画像。紫外線・赤外線の単色の画像を、波長の長短に合わせて着色している。