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ISASニュース

「はやぶさ2」地球スイングバイ成功!

No.418(2016年1月)掲載

 小惑星探査機「はやぶさ2」は、2015年12月3日に地球スイングバイを実施しました。スイングバイの誘導目標は、地球最接近時に半径30kmの“鍵穴”に探査機を導くことでした。この鍵穴を通せば、「はやぶさ2」は小惑星リュウグウ(Ryugu)へ向かう軌道に遷移できるのです。

 同様の軌道制御は2020年の地球帰還時においても行われるので、我々は30kmでは満足せず、できるだけ鍵穴の中心を通すことを目指していました。

 スイングバイのための最初の軌道修正は、実は化学推進系ではなく、イオンエンジン(IES)で実施しています。9月1〜2日にかけて、IESを12時間稼働させました。IESの推力方向は太陽と直角の方向に限定されているので、どう誤差が出たとしても、ちょうどその方向に軌道修正が必要になるように、軌道計画にひと工夫加えました。IESを使う軌道設計は、いわゆる「非線形最適化問題」を解くのですが、ここではそれをわざと非最適化するのです。本当は1回の噴射で進めばいいところを、あえて“2段階右折”するようなものです。このIESによる軌道修正で、鍵穴に対する誤差は1万kmから400kmへ縮小しました。燃費の良いIESの出番を多くすることで、リュウグウ到着後に貴重となる化学推進燃料を節約できたわけです。

 11月3日に、第1回の化学推進系による軌道修正(TCM-1)を実施しました。4回に分けて、合計4秒間の噴射を行いました。これにより、鍵穴に対する誤差は400kmから11kmへ縮小しました。第2回の軌道修正(TCM-2)は11月26日。これにより、誤差は11kmから3kmへ縮小しました。

 スイングバイの運用は、探査機システムチーム、軌道計画チーム、軌道決定チーム、推進系、姿勢誘導制御系の緊密な連携のもとに成り立ちます。毎日のように航法誤差を再評価し、誘導計画に反映していく現場の空気は、とても張り詰めており、かつ活気のあるものでした。「はやぶさ」以来11年ぶりのスイングバイ運用をクールに決めるべく、プロジェクトメンバー全員燃えていましたし、深宇宙探査冥利に尽きるこの運用を、みな心底かみしめながら仕事を進めているようでした。

 TCM-2で鍵穴の十分内側に誘導できたと確信し、12月1日に予定していたTCM-3はキャンセルしました。残っていた誤差3kmは鍵穴の大きさ30kmに対して十分小さいので、その3kmオフセットした点を通すことに決めたわけです。スイングバイ後の評価で、この最終的に狙った点に対しての航法誤差は300mという高い精度であったことが確認されました。

 このスイングバイでは、軌道制御の傍ら、多くの地球・月観測計画を入れ込みました。何しろ、「はやぶさ2」がリュウグウ以外で天体に接近できる唯一の機会です。サイエンス機器にとっては既知の天体でキャリブレーションできる絶好の機会ですし、アウトリーチとして「はやぶさ2」のことを広く知っていただく意味でも好機でした。

 「はやぶさ」と異なり、今回のスイングバイ軌道は、天の北極側から南極へ深く抜ける軌道なので、地球・月系を観測するためには、探査機の姿勢をほぼ真横に倒さなければならない状態。姿勢を幾度も切り替えながら、軌道は乱さずスイングバイの精度を確保することに神経を使いました。

 中間赤外カメラと近赤外分光計が地球・月の観測を成功させ、3基の光学航法カメラも地球・月の大変美しい画像を送ってきました。また、LIDAR(光レーザー測距系)を使って、地球のレーザー局との間で光リンクの実験も行いました。天候依存の実験で、LIDARチームには忍耐の2ヶ月間でしたが、オーストラリアMt. Stromlo局との間のリンクに成功しました。

 「はやぶさ2」の観測運用では、常にサイエンティストとエンジニアの共演(あるいは競演?)が光ります。近赤外分光計は、地球上の地域ごとの差異から較正データを得るために、深宇宙探査では聞き慣れない「オーストラリア指向」「南極指向」などの非常に細かい姿勢制御を行いました。これを実現したのは、近赤外分光計チームと探査機の軌道計画チーム、探査機システムチームです。光学航法カメラのアングルを計算し、運用計画を立てたのは、カメラチームと探査機システムチームでした。極めて指向性の高いLIDARをオーストラリア局にぴったり向け続ける運用は、LIDARチームと軌道決定チーム、姿勢系チームの合作でした。「はやぶさ2」ならでは、理工共演の良いチームワークが、遺憾なく発揮された場面といえるでしょう。

 次に日本の探査機がスイングバイを行うのはいつになるでしょうか。太陽系探査に欠かせないこの技術が使われる機会が、もっともっとあればと願いながら、「はやぶさ2」は、第二ステージ、小惑星軌道遷移フェーズへ移行します。

(津田 雄一)

12月3日、「はやぶさ2」地球スイングバイ後、管制室にて。

12月3日、「はやぶさ2」地球スイングバイ後、管制室にて。

2015年12月4日13時9分に小惑星探査機「はやぶさ2」の光学航法望遠カメラによって撮影された地球。

2015年12月4日13時9分に小惑星探査機「はやぶさ2」の光学航法望遠カメラによって撮影された地球。地球と「はやぶさ2」の距離は約34万km。右上にオーストラリア大陸,右下に南極大陸が見えている。