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ISASニュース

「あかつき」の金星周回軌道再投入に向けて

No.413(2015年8月)掲載

 「あかつき」は日本初の金星探査機です。10年の歳月を経て建造され、2010年5月に種子島を飛び立ちました。その年の12月7日に金星に到着し、主エンジンを噴かして周回軌道に入ろうとしましたが、噴射開始後2分38秒で燃焼が停止。機体は、金星をスウィングバイして再び太陽を巡る軌道へ入り、金星を離れていきました。失敗の原因は、推進系内部のバルブが閉塞したためにエンジンが高温となり、燃焼室が破断してしまったことにあります。

 普通のケースですと、ここで話はおしまいです。一度周回軌道への投入に失敗した衛星は、通常そこで命が尽きてしまいます。「あかつき」もそのような運命をたどったと思っておられる国民の皆さんは多いと思います。ところが、「あかつき」は今でも生きて地球と通信を交わしているだけでなく、今年の12月には、再び金星を周回する軌道へ挑戦するのです。誠に天の助けと人々の努力のたまものです。

 我々は2011年には壊れた主エンジンを諦め、姿勢制御用のエンジンによる軌道修正に踏み切り、その年9月の軌道修正で2015年暮れに金星に再び会合する軌道に「あかつき」を乗せることに成功しました。今年7月にはさらに大きな軌道修正が計画通りに行われました。そして、5年前に失敗したまさに12月7日に周回軌道投入を試みます。

 ここで日本の金星探査の目的を振り返ってみましょう。「あかつき」は、米ソ欧州に次いで金星に挑み、科学探査を目的としていますが、他国が調べなかった金星特有の現象、金星気象、に的を絞ってこれを明らかにする機器群が搭載されています。金星は自転周期が243地球日と大変遅いのですが、不思議なことに惑星を取り囲む分厚い二酸化炭素の大気は4地球日で惑星を1周しています。これを超回転(スーパーローテーション)と呼びますが、このように地球とまったく異なる気候を金星が持つ理由は、地球気象を理解しているはずの気象学では説明できません。惑星本体の自転は西向きであり大気の運動も同方向であることから、惑星本体の持つ角運動量を何らかのメカニズムで大気がくみ上げていると想像されます。しかし、そのメカニズムについては、いくつかの仮説が提唱されていて定量的にどれが正しいかの検証ができていないのです。「あかつき」は観測波長の異なる数台のカメラを搭載し、波長ごとに異なる高さの雲や微量気体の動きを追跡して、角運動量が3次元的にどのように運ばれていくかを明らかにします。金星気象の理解は、いつかは地球気象学を超える惑星気象学の構築へと実を結び、我々は地球の気象をもさらに深く理解できるようになるでしょう。

 「あかつき」は順風満帆の探査機ではありません。主エンジンは使えない状態、さらに太陽を回る5年の間に9回太陽に近づいて過酷な太陽からの熱にさらされました。当初の予定より3割も多くの太陽光を浴びているのです。太陽電池の温度は、当初予定されていた100℃から140℃に跳ね上がりました。おそらく、探査機の表面は真っ黒になっていることでしょう。満身創痍の体を引きずりながらも、「あかつき」は姿勢制御用エンジンを全力で噴かして周回軌道に入っていきます。そこまでも行き着けないかもしれないとの不安を抱えながら、プロジェクトのメンバーは一日一日、薄氷を踏む思いで探査機を運用しています。準備には万全を尽くしました。後は我々の信念と、皆さまの声援と、天のご加護が「あかつき」を無事金星に送り届けることを信じるのみです。

(中村 正人)

「あかつき」が金星最接近の2日後(2010年12月9日)に60万kmの距離から撮影した金星。IR1は探査機が露光中に微妙に動いたため、画像がぶれている。

「あかつき」が金星最接近の2日後(2010年12月9日)に60万kmの距離から撮影した金星。IR1は探査機が露光中に微妙に動いたため、画像がぶれている。[クリックで画像拡大]