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ISASニュース

史上最強の木星包囲網

No.397(2014年4月)掲載

皆さんはハンマー投げをご存知ですか?
鉄球にひもを付けて、ぶんぶん振り回して遠くまで投げる陸上競技種目です。宇宙でそれを毎日やっている巨大なものがあります。それは木星です。私たちは、惑星分光観測衛星「ひさき」と、世界中の宇宙・地上望遠鏡をそろえた史上最強の布陣で木星を監視し、木星の「ハンマー投げの謎」を解明しようとしています。

木星の「ハンマー投げの謎」

木星の衛星イオにある火山からは、毎秒1トンものガスが周囲の宇宙空間に放出されます。火山ガスは、電離して木星のつくる強力な磁場に捕まり、木星の自転運動に引きずられます。例えると、火山ガス=鉄球、木星磁場=鉄球に付けたひも、木星=投てき手、としたハンマー投げのような状態です。

火山ガスの速さはイオの付近で毎秒70km以上もあります。鉄球は毎秒1トンずつ重くなるので、いくらひもが強くても、切れて鉄球を放り出すときが必ず来るはずです。鉄球の重みで勝手にひもが切れるという説と、太陽から吹く高速ガス「太陽風」が木星を襲ってひもを切るという説が提唱されています。ひもが切れたとき、火山ガスが持つ運動エネルギーは、火山ガス自身の加熱や、木星の極域のオーロラ発光で消費されると考えられています。ただし、どのような経路をたどって加熱やオーロラにエネルギーが与えられるのか不明です。ひもが切れる過程とエネルギー経路は、自転が高速な木星や土星の研究分野において、大きな謎として研究されています。

「ひさき」─ハッブル協調観測

それらの謎の解明を目的に、「ひさき」とハッブル宇宙望遠鏡を軸にした協調観測の計画が数年前に始まりました。当時宇宙研に在籍していたサラ・バッドマン研究員、垰 千尋研究員、筆者の3人の若手研究者の行動が発端です。学生時代から木星をずっと研究してきた私たちは、アイデアを練りに練ってハッブルへの観測提案を行いました。ハッブルによる超高解像度のオーロラ撮像と、「ひさき」による火山ガスの同時観測というものです(詳細は『ISASニュース』2014年2月号の山ア敦助教の記事参照)。実はその前年にも、異なる課題で観測提案に挑戦していましたが、激しい選考競争に敗れました。今回は「ひさき」の助けを借りた雪辱戦でした。そして見事採択されました。そのときの喜びと興奮は今でも忘れられません。

この採択をきっかけに、2014年1月の観測に向けて、世界中の望遠鏡による観測が20以上計画され、史上最強の木星包囲網が完成していきます。

「ひさき」─X線望遠鏡協調観測

「ひさき」打上げの約半年前、さらなるチャンスが舞い込みました。それがX線望遠鏡との協調です。私たちの木星包囲網が、米国ハーバード・スミソニアン天体物理学センターの研究チームの目に留まり、「ひさき」とチャンドラX線望遠鏡の協調観測提案へ誘われました。筆者は、木星X線の研究を行っており「ひさき」メンバーだったこともあり、この提案に参加しました。うれしいことに、チャンドラとXMMニュートンという世界有数のX線望遠鏡2機を、「ひさき」と同時に木星に向けるという特別枠での提案が採択されました。この観測は2014年4月に実施される予定です。

この観測計画のコンセプトは「高エネルギー」です。木星では、太陽系惑星の中で最高エネルギー(光速の99%以上の速度を持つ)の粒子があり、それに関連するガス加熱やオーロラ発光が起きています。それらの高エネルギー現象では、X線や電波の放射が強く起きます。それらも「ハンマー投げ」がエネルギー源になっているはずと考えています。

ハッブル協調観測との違いも、このコンセプトにあります。ハッブルでは超高解像度の紫外線画像を実現する代わりに、最高エネルギーの1000分の1以下の粒子によるオーロラしか測定できません。それに対しチャンドラX線望遠鏡では、分解能を多少犠牲にして、最高エネルギーの粒子から放射されるX線オーロラを直接撮像できます。XMMニュートンでは、オーロラや火山ガスの「色合い」を見て、含まれる物質の種類やその温度を推定します。「ひさき」の紫外線観測では、最高エネルギーになる前段の冷たい火山ガスを見ることができます。X線と紫外線の同時観測によって、今までにない幅広いエネルギー範囲を初めて見渡すことができるのです。

4月のX線協調観測は、「ひさき」、チャンドラ、XMMニュートン以外にも、「すざく」や地上の赤外・電波望遠鏡が参加を決めており、1月の「ひさき」―ハッブルに匹敵する観測網が完成しつつあります。ハッブル協調観測もX線協調観測も、筆者は仕掛け人なのですが、こんな大ごとになるとは夢にも思っていませんでした……。とにかく、これらの史上最強の包囲網によって、木星の謎が解明される日は近づいています。この観測結果は、いつかまた別の機会にお話しできればと思います。

(木村智樹)

木星の各領域から放射されるX線(Ezoe et al.、 2013)