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ISASニュース

惑星分光観測衛星「ひさき」の木星協調観測

No.395(2014年2月)掲載

2013年9月14日にイプシロンロケット試験機によって打ち上げられた惑星分光観測衛星「ひさき」は、11月19日のファーストライト取得以降、主に木星観測を続けています。今年の木星は1月6日に衝を迎え、この前後数週間が絶好の観測機会で、史上最大の木星協調観測が実施されました。あの有名なハッブル宇宙望遠鏡も、この期間に木星を観測しています。また、「すばる」望遠鏡を含めたハワイ島の望遠鏡群をはじめとして20を超える世界各地の地上望遠鏡も、この時期に木星にその視野を向けています。私たち「ひさき」チームもこの好機を逃さないように、元日からの約2週間は24時間の観測運用体制を整えました。

特筆すべきは、今回の木星協調観測は「ひさき」プロジェクト主導の国際協力ではないということです。「ひさき」をきっかけにして木星磁気圏の科学を考えた「ひさき」を身近に感じているポスドクたちのリーダーシップにより行われた提案であり、彼らの心意気が世界中の木星磁気圏研究者らに通じ、複数の衛星・地上施設などが協調観測に応じた結果です。純粋に科学の飛躍的進展という目的のためだけに世界中の研究仲間が集まり、この計画が遂行されていることに、感慨深い気持ちになりました。詳細解析はこれからで本誌面での結果報告はできないのですが、史上最大の木星協調観測の目的を記します。

今回の協調観測の目的は木星磁気圏研究です。磁気圏の存在は、太陽系惑星では、固有磁場を持つ惑星(水星、地球、木星、土星、天王星、海王星)で確認されています。このうち最大・最強の磁気圏が、木星磁気圏です。磁気圏は、惑星の固有磁場の磁力線が太陽風によって風下に引き伸ばされた「吹き流し」のような形状をしています。その大きさは惑星によりさまざまで、惑星の固有磁場の磁気圧と太陽風の動圧の圧力バランスによって決定されます。磁気圧は磁力線同士の反発力、動圧は地上でいうと風の流れの圧力、と考えてください。磁気圧が勝れば磁気圏は大きく・強固に、太陽風動圧が勝れば磁気圏は小さく・変化に富むことになります。

実は、地球の「吹き流し」は絶妙なバランスが取れたサイズです。風になびくという表現がちょうど当てはまり、通常の風でゆらゆら揺れ、突然の風速の変化に即応し激しくたなびきます。自然現象としては、太陽フレア発生時の爆発的に明るくなるオーロラのブレークアップや、衛星放送の音声・画像の乱れなどに現れます。地球磁気圏の特徴は、ダイナミックに変動し得るということです。

他方、木星の「吹き流し」の大きさは地球の約100倍で、太陽風動圧で計算されるサイズより倍程度大きいのです。ここまで大きくなると、経験上の最大暴風でもなびかないと考えられてきました。つまり、磁気圏中央に位置する木星本体近傍では、太陽風の影響はほとんど届かないのではないかと予測されます。このときの磁気圏内のエネルギーは安定しているはずです。しかし、私たちは逆に、どんなに大きな「吹き流し」でも、きっと暴風の影響は受けるはずだと考えています。暴風が吹くとき、強固なはずの木星の「吹き流し」はどうたなびくのか。それが、この木星協調観測の研究テーマとなりました。

上述の通り、磁気圏研究には、太陽風の動圧と磁気圏内のプラズマエネルギーを測定することが重要になります。木星磁気圏研究では、木星極域オーロラとイオトーラスを同時観測することが有効な手段です。オーロラは太陽風の動圧を知る一つの指標で、イオトーラスは木星磁気圏内のプラズマエネルギーを示す指標となるからです。木星オーロラは、紫外線や赤外線で発光することが知られています。紫外線オーロラ観測には、最高の空間分解能を有するハッブル宇宙望遠鏡が最良の選択肢です。赤外線オーロラ観測には、地上望遠鏡の観測が効果的です。ただし、地上は天候の影響がありますから、複数地点での観測を計画しました。一方、イオトーラスは、極端紫外光で分光観測するのが最良の観測方法です。イオトーラスを形成する主要なプラズマのエネルギーが極端紫外光の持つエネルギーとちょうど同じ程度で、極端紫外光で発光しているからです。さらに、分光観測することで、温度や密度が同時に推定できるからです。極端紫外分光観測には、唯一無二の存在である「ひさき」が最大の威力を発揮します。

このように多彩な衛星・地上施設の利点を総合して、木星磁気圏環境の知識を再構築することが、今回の木星協調観測の大きな目的です。紫外・赤外木星オーロラとイオトーラスの明るさの増減とそのタイミング、それらの空間構造と時間変化を観測することで、太陽風と木星磁気圏間のエネルギーや物質の輸送プロセスを導出し、木星磁気圏の独立性を考察したいと考えています。そして、木星磁気圏を巨大な一つの「吹き流し」として捉え、それ自体のたなびき方を知りたいと考えています。木星研究者にとって長年待ちに待ったデータであり、今年は解析三昧の日々となることでしょう。うれしい悲鳴が聞こえてきそうです。

(山ア 敦)

観測状況。ダンベル状の白枠全体が「ひさき」の観測視野。
オーロラとイオトーラスを同時に視野内に捉えられるところが工夫した点である。