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ISASニュース

「ひさき」のファーストライト取得

No.393(2013年12月)掲載

惑星分光観測衛星「ひさき」は、9月14日にイプシロンロケット試験機によって打ち上げられて以来、初期運用を続けてきましたが、11月19日にとうとうファーストライト、すなわち最初の観測データを得ることができました。ここに至るまで紆余曲折がありましたが、プロジェクト関係者一同の思いが報われた感があります。

そもそも「ひさき」には三つの目的があります。主たる目的は科学観測によって惑星の環境に関する知見を深めることで、そのために望遠鏡(正確には分光装置)が搭載されています。二つ目の目的は、新しい衛星開発手法を試すというものです。セミオーダーメイド的にいろいろな衛星をつくることができる枠組みを構築しつつ、実際にその枠組みで「ひさき」という衛星そのものの開発を行いました。三つ目は、オプション機器の搭載です。将来の衛星に向けた先端技術を、宇宙空間で実運用に近い環境で実証するというものです。今回のファーストライトは、それらのうち主たる目的である科学観測を始めることができるようになった、というものです。

思えば、「ひさき」は打上げ前からいろいろなことがありました。例えば、国際的に誇れる観測成果を挙げて惑星科学の世界に貢献することを目指すという考えのもと、途中でいくつか大きな変更を加えています。例を挙げれば切りがないですが、打ち上げられる軌道も大きく変わっていますし、求められる姿勢制御の精度も当初の10倍以上の高精度になっています。さらに、搭載機器のいくつかは当初予定から変更され、中型・大型衛星並みの高級品に換装されています。こういった変更は昔の科学衛星でも比較的柔軟に行われていたこともあるようですが、とはいえ、それらの大きな変更を吸収してプロジェクト管理上のインパクトをほぼ与えずに乗り切ることができたのは、関係者一同、所属組織や立場を超えて、気合と根性で一致団結した結果だったろうと思います。

また、開発そのものでも、従来衛星から技術継承するものが少なく、ほぼ全面的に新規開発となりました。これは、新しい衛星開発手法を確立しようという「ひさき」の目的から来るものなので、受け入れざるを得ないものです。むしろ、口の悪い言い方をすれば、「好きこのんで、わざわざ新しいものに手を出している」ような開発をしてきたわけです。衛星システムそのもののみならず、新しい概念に基づく地上運用系を含めて、手探り状態からのスタートでした。

さらには、ある嵐の日、衛星の試験を行っていたら、貴重な衛星試験設備のすぐ近くまで雨水が入ってくるというアクシデントもありました。思い起こせば、本当にいろいろなことがありました。そういった開発に身を投じてきたおかげで、私事ですが、ちょっとやそっとのことでは驚かない人間に成長できました。

こういった経緯を経て、また打上げ直前の延期を乗り越えて宇宙へと飛び立った「ひさき」が、11月19日にようやく観測データを送ってきました。木星と金星に望遠鏡を向けて、それらの惑星から放射されている極端紫外線のスペクトル観測に成功したのです。これらのデータは、それぞれ5分間、8分間という比較的長い間、ずっと高精度に望遠鏡を目標とする天体に向け続け、入ってくる紫外線を観測した結果です。この成果を得るには、衛星のすべての機能が正常であることが必要です。ですので、ファーストライトが無事に得られたというのは「ひさき」にとっては記念すべき瞬間で、曲がりなりにも宇宙空間できちんと役に立つことが証明されたことになります。ただ、あえて不満を言えば、その「瞬間」というのは地味で、数分間にわたって運用室にある専用計算機の画面上でデータ点がポツン、ポツンと少しずつ増えていくのを眺めているというのが、その実態です。ロケットの打上げの「瞬間」とは比べものになりません。

今回、ファーストライトを得たわけですが、これはJAXA発足後にスタートした科学衛星プロジェクトとしては、初の打上げ、初の軌道上成果であり、その意味でも「ひさき」は新しい時代に向けた新しい試みだったと思います。開発中や初期運用中に得られた多くの知見は、今回切り拓いた衛星開発手法を採用するか否かにかかわらず、将来の衛星開発に役立つものだろうと思います。これらの知見を将来の衛星に託しつつ、「ひさき」はこれから初期運用を終えて、観測運用に入っていくことになります。

(澤井秀次郎)

惑星分光観測衛星「ひさき」が撮像した木星のスペクトル

愛称の由来となった火崎(ひさき)にて。左から2人目が筆者。