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ISASニュース

「ひので」が金星の太陽面通過を観測

No.376(2012年7月)掲載

5月の金環日食に引き続き、6月6日の朝から昼過ぎにかけて、金星が太陽表面を通過する「金星太陽面通過」を全国で見ることができた。この機会を逃すと今後約105年見ることはできないこのイベントを、太陽観測衛星「ひので」も集中的に観測した。とりわけ「ひので」に搭載された可視光・磁場望遠鏡(SOT)は、地上の太陽望遠鏡とは違い地球大気の乱れに邪魔されず、また宇宙にある太陽望遠鏡としては最大の口径(50cm)を持つため、ほかでは撮れない最高解像度の画像を撮影することが期待された。国内や世界の金星研究者から「ひので」で太陽面を通過する金星を観測してほしいという観測提案がいくつか寄せられており、科学的に有意義な観測を行えるように、計画を半年以上前から練った。

最も期待したのが、金星が太陽の縁から太陽面に入り込む直前に、金星の縁が輪のように光る現象である。太陽光が金星大気で屈折して透過してきて、その結果光って見えるのであるが、図1のように鮮明に捉えることができた。異なる波長でのデータやその時間変化を調べることで、金星大気の密度構造やその緯度分布に関して調べられると期待される。さらに、金星大気での散乱によって生じるかもしれない偏光の信号を捉えるために、精密な偏光計測データも取得した。また、太陽の縁と金星の縁が接触する「内蝕」にて、黒い滴のように見える「ブラックドラップ効果」が知られている。図2から、それは接触する瞬間付近でも見られないことが分かり、地球の大気ゆらぎや望遠鏡の解像度によって起きる現象であることが明らかである。

さらには、軟X線やEUV輝線の観測によって、黒い円形のシルエットに見える金星が、太陽コロナを背景に移動していく様子が捉えられた(図3)。このデータを用いて、高層の大気いわゆる金星コロナを起源とした微弱な信号を調べる解析がされる予定だ。太陽から見て金星の裏側(夜側)を見ることができるまたとない機会であり、太陽風と金星高層大気との相互作用によって生ずる信号が解析によって見えてくるかもしれない。

さて、この機会は、宇宙科学の普及活動にとって絶好の機会でもあった。「ひので」観測運用チームは、「ひので」が撮影した金星の太陽面通過の画像・動画を観測当日午後から順次公開した。最初に公開した画像・動画は、「ひので」が午前7時30分ごろ(日本時間)に、金星が太陽の内側に入って見える「第2接触(内蝕)」の前後に撮影したものだ(図4)。搭載するデータレコーダをほぼ空にしてから観測を開始することで、第2接触付近のデータはお昼過ぎには相模原に届くようにした。一方で、太陽面通過中に撮像した全データの量は膨大となり、第3接触を含めたすべてのデータを地上に下ろすのに約1日半もかかった。

これらの画像は何もしなくても十分見栄えのするものだったが、どこに嫁がせてもよいように、画像の鮮明化、動画にする際のわずかな位置ずれや明るさ調整などの画像処理を施した。処理が終わったものから順に公開したので、翌日には多くの全国紙朝刊に掲載された。オンラインニュースやFacebookなどでの反応を追ってみたところ、国内・海外ともにすこぶる好評だった。半月前の金環日食の際に広く宣伝されていたことも影響しているだろうが、肉眼、あるいはどんな望遠鏡でも小さな黒丸にしか見えなかった金星が「巨大」に映し出されたことは衝撃だったようだ。さらに、太陽研究者にとっては普通の活動現象が金星の背後にあったのも、一般市民のみならず他分野の天文学者たちにも非常に受けが良かった理由らしい。ネット上の反応には「これはすごい」「かっこいい」「Cool!」といったものから、「この画像見たからもう自分の目で見なくていいや」という体たらく(?)や、「天文学史に残る画像だ」という興奮を伝えた海外サイトも見受けられた。そのような反応を我々も楽しむと同時に、太陽のささいな活動現象であっても、見せてみれば喜んでもらえるという手応えを感じたイベントだったといえる。

(岡本丈典、清水敏文)

図1 光の輪として見える金星大気。388nm(CNバンド)。

図2 第3接触の直前に撮影された画像

図3 X線で見た金星太陽面通過

図4 最初に公開した、「ひので」が午前7時30分ごろ(日本時間)に、金星が太陽の内側に入って見える「第2接触(内蝕)」の前後に撮影した画像。