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ISASニュース

バンクーバーの誓い〜文部科学大臣科学表彰を受けて

No.375(2012年6月)掲載

カナダガンが緑の公園に遊ぶ港町で、僕たちはビールを飲みながら、日本の宇宙用半導体集積回路の未来を語り合っていた。「宇宙と民生がともに共用できる集積回路を目指して、日本の優れた民生半導体技術を活用すれば、誰でも、低コストで、短期間に、放射線に耐える高性能の半導体集積回路を日本で開発できるはずだ」と。

2001年7月、僕たち、宇宙研の廣瀬、齋藤と三菱重工の黒田、石井らは、半導体の放射線効果国際会議に参加していた。昼は米国の研究発表や企業の展示ブースに圧倒されていたが、夜には日本の戦略を熱く語り合った。カナダのバンクーバーの地ビールは、殊のほかおいしかった。

バンクーバーでの誓いを実現するべく、宇宙研では、半導体集積回路に放射線が入射したときに起きる物理現象や電気的な応答について、研究を積み重ねていった。科学衛星で求める集積回路の仕様を明確にし、フライト品を供給するための品質管理方法の問題にも踏み込んでいった。三菱重工では、原子力施設や産業車両など過酷な環境で求められる集積回路の仕様を明確にして、宇宙と協業できる分野を調査した。そして、明示した市場規模で協力を仰げる日本の半導体製造ラインとの交渉を行った。

シングルイベントアップセットという放射線障害に十分強い集積回路をつくる技術的開発方法、誰でもそれを組み合わせれば任意の回路を設計できる耐放射線性のある標準的ブロックをライブラリとして提供する方法、低コストで安定的な生産体制の維持方法、品質管理・販売方法を含むビジネスモデルを構想し、実現に向けて邁進した。

2003年には、民生技術を利用したものとしては最強の耐放射線性のメモリーが完成した。2010年には、国産プロセッサを内蔵したシステムLSIが完成した。これらは、低価格の大学の小型衛星にすでに搭載されており、さらに小型科学衛星2号機と次期X線天文衛星ASTRO-Hに搭載されることが決まっている。そして、福島の原発事故現場での使用も検討されていると聞く。

文部科学大臣科学表彰を受けた2012年4月、霞が関で飲んだベルギービールも、また、ひとしおおいしかった。

(齋藤宏文、廣瀬和之)

「宇宙と民生に共通的に利用できる耐放射線性集積回路の開発」で文部科学大臣科学表彰・科学技術賞(開発部門)を受賞。
左から、宇宙研の齋藤宏文氏、廣瀬和之氏、三菱重工の黒田能克氏、石井茂氏。