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ISASニュース

国際宇宙ステーションで「HAIR実験」開始

No.366(2011年9月)掲載

国際宇宙ステーションの運用が本格的に始まり宇宙飛行士の長期宇宙滞在が実現したことにより、軌道上滞在中に生じる微小重力・宇宙放射線など宇宙環境ストレスの影響を評価することは、宇宙飛行士の健康管理のために極めて重要な課題である。また、スペースシャトルの運用が終了したことに伴い、地上から宇宙へ実験機材を運搬したり、軌道上で取得した実験試料を持ち帰ったりすることが困難になると予想される。そのような中、宇宙飛行士の毛髪を用いた「長期宇宙滞在宇宙飛行士の毛髪分析による医学生物学的影響に関する研究」(HAIR実験)が開始された。

毛髪は、サンプリングが容易で被験者にとって侵襲性が低く、採取した試料の保存に関しても凍結による保存のみで特別な配慮が必要ないといった点で、実験サンプルとして非常に優れている。毛髪の特徴としては、毛根部では細胞分裂が活発に行われており、ストレスなどのさまざまな外部要因に敏感に応答し、遺伝子レベルでの変化が観察できる。また、毛幹部は1日に約0.3mm成長するが、その間に体内で代謝されたミネラル成分や微量金属元素などが排せつされ記録として残される。そのため、毛幹の特定位置における含有元素を解析することにより、ある特定時期の生体のミネラル代謝を知ることができる。

HAIR実験の目的は、血液や尿といったサンプリングが難しい検体に代わって毛髪を用いて、軌道上で宇宙飛行士の健康状態の指標を観察できる方法を開発するというものである。しかし、宇宙飛行士からの毛髪サンプリングは、倫理上の観点から1回5本までと決められている。この微量なサンプルから有効な情報を引き出すのは非常に困難を要したが、現時点では数名の宇宙飛行士の毛根遺伝子のマイクロアレイ分析が終了しており、軌道上での特異的な遺伝子変化を解析している。今後解析を継続し、将来的には毛髪を利用することにより、宇宙飛行士に負担が少なく簡単に健康状態が把握できる手法の開発に結び付けたいと考えている。

(寺田昌弘)

毛髪採取風景。軌道上でも宇宙飛行士はピンセットを用いて毛髪をサンプリングする。