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ISASニュース

「はやぶさ」、中和器故障から動力航行再開へ

No.346(2010年1月)掲載

地球〜小惑星往復航行のため軌道変換量約2200m/sが必要であるのに対し、小惑星探査機「はやぶさ」は2009年10月末の段階でその90%を達成し、地球帰還に向けてあと200m/s弱を残すところまで来ていました。が、イオンエンジンの消耗が激しく、特に中和器の健康維持に腐心していました。11月4日に、気をもんでいた中和器の作動電圧が突然急上昇し、イオンエンジンDが運転停止に追い込まれました。とうとう中和器Dの寿命が尽きてしまったのです。いくつかの実験運転を試みましたが、いずれも功を奏しませんでした。残る手段として、クロス運転に挑戦し、イオン加速に成功しました。11月12日から動力航行を再開し、本原稿を書いている12月半ば現在までイオンエンジン運転を継続しています。「はやぶさ」の地球帰還に向けて、引きちぎれそうな細い糸を今回は何とかつなぎ留めることができましたが、今後も多くの困難が予見されており、依然として予断を許さない状態です。

クロス運転とは、中和器故障のためすでに運転を中止したイオンエンジンBのうち作動可能なイオン源Bと、イオン源不調で待機状態にあったイオンエンジンAのうち中和器Aとを、バイパス回路を介して電気接続し、新たな一式のイオンエンジンとして動作させるものです。この回路構成は、「こんなこともあろうか」と打上げ前にあらかじめ組み込んであったものです。正常なイオンエンジンの使用方法では、探査機が宇宙の電位と同じになるように、中和器の作動電圧を常に制御しながら推力を発生させます。ところが、このクロス運転では、中和器と探査機は電気的に短絡されており、探査機全体を宇宙電位からマイナスに帯電させて、その電圧に応じて中和器から電子を噴射させます。この運転方式がマイクロ波放電式イオンエンジンの宇宙作動にて実現可能かどうかは未検証でした。電気推進技術として大変興味深く、技術者としてかねてより宇宙実験したいと思っていましたが、図らずも「はやぶさ」ミッション存亡にかかわる重要案件となってしまい、挑戦の機会が与えられ、幸運にも成功することができました。

マイクロ波放電式イオンエンジンが宇宙において1万時間(連続作動にて約1年2ヶ月)運転できているということは、電気推進技術としてある一定の完成の域にあると信じています。しかし深宇宙探査においてはさらなる寿命が要求されており、それに対応するにはまだまだ技術的に未熟であることが明らかとなりました。さらなる技術向上に努力しなければならないことを痛感しています。

(國中 均)

イオンエンジンAとBのクロス運転の電気回路構成