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宇宙科学の最前線

ロケットエンジン開発における材料工学最前線 宇宙飛翔工学研究系 研究主幹・教授 佐藤英一/JAXA第一宇宙技術部門H3プロジェクトチーム 主任開発員 堀 秀輔

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材料屋=死の商人?

 世に「御輿に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋をつくる人」なる言い方がある。宇宙研に籍を置く材料屋という立場の私などは、御輿(科学衛星)に乗って観測をする天文学者、御輿を担ぐシステム工学者、草鞋(打上げロケット)をつくる構造屋ときた後の、草鞋のわらをたたいている、というようなことになろうか。

 新しい、軽くて強い材料の開発が本来の材料屋の仕事であろうが、新材料の開発は非常に時間のかかるものであり、なかなか宇宙科学プロジェクトのスケジュールの中では難しい。一方で、ロケットや衛星などの宇宙機では材料をかなり特殊な条件で使うことが多い。従って、宇宙機独自の条件での材料特性の評価が大切な仕事になってくる。そして、その条件下で材料は劣化せず健全に使うことができるのかどうか、非破壊的に材料・構造の信頼性を評価することも求められている。

 皮肉なことに、宇宙プロジェクトで大きな失敗が続くと材料や品質保証に注目が集まり、材料分野へ予算が集まり研究・開発が促進され、その後、成功が長らく続くとコスト削減が図られる、という歴史が繰り返されてきた。古くは1979〜80年の実験用静止通信衛星「あやめ1号・2号」の連続失敗の後、固体ロケットモータ(※1)推進薬に対する放射線探傷技術が開発され、大型X線CT設備が種子島宇宙センターに導入された。1998〜2003年のH-IIロケット5号機、8号機、M-Vロケット4号機、H-IIAロケット6号機のほぼ連続した打上げ失敗では、材料基礎データの不足と非破壊検査の不足が強く指摘された。筆者が主に関わったM-Vロケット4号機への対策においては、黒鉛の超音波探傷の研究が推進され、成果は公的な規格(JIS Z 2356、ISO 10830)として整備されるとともに、先進的な黒鉛用アレイ型超音波探傷システムが開発された。H-IIAロケット6号機への対策としては、厚肉複合材用非接触超音波検査設備が開発された。H-IIロケット8号機の失敗は世間的に大きな話題となったが、物質・材料研究機構(NIMS)と協力して今に続くエンジン関連材料データベースの整備が開始された。

 当事者としては、事故があると忙しくなる死の商人を演じたいわけではなく、材料基礎データの蓄積と非破壊信頼性評価は欠くべからざるものであるとして、途切れない研究・開発が大切であると強く訴えているところである。その意味で、2008年にNIMS、産業技術総合研究所(AIST)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の3機関による非破壊信頼性評価に関する研究協力協定が締結されたことは、継続的な研究・開発を進める上で非常に意義の高いものであると考える(図1)。これにより、JAXAプロジェクトとしてはALL-JAXAを超えたALL-JAPANの専門技術集団を貫く「横串」を通すことができ、またNIMS、AISTにとっては研究開発と事業化の間に横たわる「死の谷」を越える一助とすることができる。

 本稿では、この枠組みの中で行っている液体ロケットエンジン燃焼室壁の材料劣化・余寿命評価・非破壊検査に関する最近の成果について簡単に紹介する。


図1 物質・材料研究機構(NIMS)、産業技術総合研究所(AIST)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)3機関連携による研究協力体制
図1  物質・材料研究機構(NIMS)、産業技術総合研究所(AIST)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)3機関連携による研究協力体制 [画像クリックで拡大]

(※1) 固体ロケットモータ:ロケットは、大きく固体ロケットと液体ロケットに分けられる。「あやめ1号・2号」のキックモータ、M-Vロケット4号機第1段モータ、H-IIAロケット6号機SRB-Aは前者の固体モータ、H-IIロケット5号機第2段エンジン、H-IIロケット8号機第1段エンジンは後者の液体エンジンである。

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