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宇宙科学の最前線

「我々の起源」の探索の果てへ 宇宙物理学研究系 宇宙航空プロジェクト研究員 松村知岳

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宇宙の始まりに目を向けて

 「我々はどこから来たのか?」という哲学的な問いは、この現代社会において、なお本質的な問題として多くの科学分野にて議論されている。海洋生物学者なら海溝にヒントが、また天文学者なら彗星、星間ダスト、また超新星残骸が我々の起源である、と答えるかもしれない。さらに認知科学者であれば、脳を理解しなければ起源以前に「我々」を理解できないと言うかもしれない。これらの答えは、すべて間違ってはいない。ただ、科学者の興味として「なぜ?」を突き詰めると、この純粋な問いの行き着く果てとして、宇宙の始まりを考えざるを得ない状況に我々は追い込まれていく。

 1915年にアインシュタインが一般相対性理論を提唱してから今年でちょうど100年である。アインシュタインは数多くの業績により、その名を知られる。その中でも一般相対性理論は、我々に宇宙を定量的に記述する道具を与えてくれた。現在、観測的宇宙論の研究者は、現代の技術力を駆使することで、「ビッグバンから宇宙は始まり、現在も加速膨張中」とする標準宇宙論を確立した。これにより、我々が住む宇宙は、たった6つのパラメータ(※1)でその挙動が記述できることが示され、非常に大きな成功を収めている。

 観測精度が上がる一方で、「宇宙はなぜ一様なのか?」「宇宙はなぜ平坦なのか?」、また「我々が現在住む宇宙の構造の起源はどこから来たのか?」など、標準宇宙論では説明できない観測事実が多く報告されている。こうした標準理論の枠を超える観測的事実を一挙に説明するため、佐藤勝彦、Alan Guthなどにより、宇宙開闢(かいびゃく)後10−38秒に指数関数的な空間膨張があったとするインフレーション仮説が提唱されている。

 ここまで、シンプルな問いから出発して宇宙の始まりに目を向け、文字通り宇宙開闢直後の物理現象を科学者は真面目に議論していることを紹介した。しかし、この初期宇宙のインフレーション仮説は、ただ単に宇宙開闢に迫るロマンだけで注目されているわけではない。初期宇宙では宇宙が小さいため重力と量子論を同時に取り扱う必要があり、「アインシュタインの夢」と呼ばれた物理相互作用の統一という視点でも、非常に注目された物理系と認識されている。このサイエンスの面白さは、理論的に議論できることもさることながら、この物理現象が実験的に探索可能である点である。故に、その発見に向け世界的に熾烈な競争が繰り広げられている。果たして、こんな初期宇宙をどう探索するのか。それが次の話題である。


(※1) 6つのパラメータ:初期宇宙における揺らぎの振幅とスケール依存性、宇宙の構成要素であるバリオンの量とダークマターの量、宇宙膨張速度、最初に星ができた時期を記述するパラメータ。

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