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宇宙科学の最前線

夜空は明るい!? ─近赤外線背景放射の謎をめぐって─ JAXAインターナショナルトップヤングフェロー 井上 芳幸

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宇宙の歴史をひもとく鍵:宇宙背景放射

 「夜空は暗い」というのは我々にとっては当たり前のことである。この当たり前の事実に19世紀の天文学者オルバースは疑問を抱いた。なぜ夜空は暗いのか?宇宙が無限に広がっていれば、どこを向いても星の表面が見えて、夜空全体が太陽面のように明るく輝くはずである、と。これは有名な「オルバースのパラドックス」といわれるものである。宇宙が有限であることから、このパラドックスは解決済みである。

 確かに、夜空は暗い。しかし、実は真っ暗ではない。微弱ながらも空一面に光っている放射が存在し、「宇宙背景放射」と呼ばれている。空全体で輝く宇宙背景放射とは、何であろうか? 実は、宇宙背景放射は、宇宙開びゃくから現在までの宇宙の歴史が集約されたものである。言い換えると、宇宙背景放射の研究を通して、宇宙の歴史をひも解くことができる。

 ビッグバンの名残である宇宙マイクロ波背景放射は、特に有名である(詳しくは『ISASニュース』2015年8月号(No. 413)の松村知岳氏の記事参照)。しかし、宇宙はマイクロ波だけでなく、電波、赤外線、可視光、X線そしてガンマ線で満たされている。宇宙背景放射の起源を解明できれば、宇宙で各波長の放射を支配している天体の歴史をひもとける。例えば、可視・赤外線の宇宙背景放射は宇宙の基本構成要素である星や銀河の歴史を、またX線の宇宙背景放射からはブラックホールの形成史を振り返ることができる。

 『ISASニュース』2005年2月号(No. 287)に、松本敏雄氏(JAXA名誉教授、現・台湾中央研究院)が、「夜空は明るい!?─宇宙最初の星の光を探る─」と題する記事を書いている。本稿では、我々が普段見ている可視光の隣の波長域である近赤外線(0.75〜1.4μm)に焦点を当て、松本氏が執筆してからの10年間の宇宙近赤外線背景放射に関する進展および論争を、我々の研究も交えて紹介したい。松本氏の記事と合わせて読むと、科学の進展が垣間見え、面白いだろう(※1)


(※1):『ISASニュース』には、宇宙背景放射に関してこれまでも多くの記事がある。例えば、マイクロ波領域に関する記事は松村知岳氏(2015年8月号、No. 413)、遠赤外線に関する記事は松浦周二氏(2011年11月号、No. 368)。X線領域に関する記事は上田佳宏氏(2004年2月号、No. 275)。ガンマ線領域に関する記事はまだないが、筆者が『物理学会誌』に記事を書いたので、そちらを参照されたい。日本の宇宙科学研究が宇宙背景放射研究にこれまで多大な貢献をしてきたことは特筆すべき事実である。

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