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宇宙科学の最前線

低重力環境における沸騰冷却現象 東京大学 大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 准教授 姫野武洋 JAXA宇宙輸送ミッション本部 射場技術開発室 主任開発員 更江 渉

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 人間の日常的な活動領域が地球周回軌道上まで拡大するのに伴い、宇宙機の推進薬や軌道上構造物の冷媒として、液体と気体が共存する流れ(気液二相流)を扱う場面が増えつつあります。しかし、地球周回軌道上の低重力環境では、比重差を利用して液体を動かすのが難しく、相対的に影響が大きくなる表面張力を無視できません。このため、「重いものほど下に沈む」という地上での経験を頼りに設計された流体機器は、軌道上で期待された性能を発揮できず、計画通りに運用できない不具合を起こすことがしばしばあります。このような地上とは異なる加速度環境における気液二相流の振る舞いを予測し、思い通りに操る技術のことを、宇宙工学分野では「流体管理」、あるいは宇宙輸送分野に限って「推進薬管理」と呼びます。

極低温上段エンジンの予冷

 推進薬管理に関する技術課題の一つに、基幹ロケット(H-IIA)上段エンジン内部で起こる沸騰冷却現象の予測があります。具体的には、上段エンジンの第1回燃焼停止に続く数千秒間の弾道飛行(慣性飛行)の間、第2回燃焼開始(再着火)に先立って、燃焼残留熱や太陽光入射によって温まってしまったターボポンプの軸受を、極低温推進薬(液体酸素と液体水素)を冷媒とする沸騰対流熱伝達により再冷却(予冷)することを指します。熱くなったフライパンに水をかけて冷やす際に沸騰が起こる様子を思い描いてください。

 もったいないことに、これらの冷媒は機外へ捨てられてしまい、推力に寄与しません。この冷媒(無効推進薬)の量を節約することは、ロケットの打上げ能力向上に直結するだけでなく、現状でたかだか数十分に限られる作動時間を延長し、数時間から数日に及ぶ慣性飛行とエンジンの多数回着火を伴うような、軌道間輸送にも対応できる「多用途化」を実現するための鍵となります。

 低重力環境における気液二相流を地上重力環境で再現するのが困難であることから、過去の開発では、予冷流量と予冷秒時を安全側(数百g/秒、数分)に設定してきました。大量の冷媒を一気に流して確実に冷やす「インパルス予冷」と呼ばれる方式で、水洗式便所に例える人もいます。

 これに対して、図1に示す基幹ロケット高度化プロジェクトでは、エンジン再着火直前の予冷秒時を短縮するのに加え、慣性飛行中に軸受が温まるのを抑えるために、推進系の液体酸素側で「トリクル予冷」を採用することになりました。トリクルは、したたり落ちると和訳されます。つまり、従来と比べて予冷流量を少なく絞り(数g/秒)、冷媒の持つ蒸発潜熱をできるだけ使い切ることで、無効推進薬の削減を目指しています。

図1 基幹ロケット高度化上段推進系開発要素
図1 基幹ロケット高度化上段推進系開発要素


 けれども、何事も節約というのは簡単ではなく、流速が遅い場合ほど、重力の有無による気液二相流の挙動に大きな違いが表れることが知られています。したがって、トリクル予冷の開発と実装に当たっては、予冷に関連する気液二相流の理解を深め、重力の大きさが沸騰対流熱伝達特性に与える影響を定量的に把握することが必須です。

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