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宇宙科学の最前線

銀河団の元素組成は一様だった JAXAインターナショナルトップヤングフェロー Aurora Simionescu

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 そこで私は、全天で2番目にX線で明るく、かつ温度がほどほどに低いおとめ座銀河団を「すざく」で非常に長時間観測することを提案しました。提案は採択され、「すざく」は、この天体の観測に2週間(ペルセウス座銀河団の観測と同じ時間)を費やしました。この新しい観測データにより、おとめ座銀河団の中心から端にかけて連続的に、鉄のみならずマグネシウムやシリコン、硫黄を検出することに成功しました。我々が発見したことは、おとめ座銀河団全体を通して、鉄、シリコン、マグネシウム、硫黄の相対組成比が一定で、かつその値が太陽および我々の銀河のほとんどの星とおおむね一致する、ということでした。これはすなわち、宇宙では元素が非常によく混ざり合い、太陽半径(数十万km)から銀河団サイズ(数百万光年)まで、均一に保たれていることを意味します。宇宙のほかの一部が、我々と大きく異なる元素組成比を持つことはないようです。生命は、ほかのどこでも同じように進化し得るのです!


「すざく」によるおとめ座銀河団の探査
図1  「すざく」によるおとめ座銀河団の探査 [画像クリックで拡大]
「すざく」は、おとめ座銀河団の端から端まで4方向を探査した。観測領域は、銀河団の心臓部にある大質量銀河M87を中心に、北方向には500万光年まで伸びている。破線の円は、天文学者がビリアル半径と呼ぶ、銀河団の大きさの指標となる半径である。銀河団のメンバーであるいくつかの有名な銀河の名前を示す。背景の画像は、ドイツのローサット衛星によるX線全天サーベイデータより。中心部の赤い四角枠は、図2の可視光画像領域を示す。


おとめ座銀河団の中心部分の可視光画像
図2  おとめ座銀河団の中心部分の可視光画像 [画像クリックで拡大]
最も明るい天体は、巨大楕円銀河M87。この画像の差し渡しは、およそ1.2°(満月の 2.4倍)。


おとめ座銀河団における元素組成比
図3  おとめ座銀河団における元素組成比 [画像クリックで拡大]
「すざく」の観測から、鉄(Fe)、マグネシウム(Mg)、シリコン(Si)、硫黄(S)の相対組成比を、おとめ座銀河団の中心からの距離に対してプロットすると、元素組成比はこの銀河団内でほぼ一定であることが分かった。これは、これらの元素が宇宙の歴史の初期段階ですでに混合していたことを意味する。


 そのような大きな空間中で金属が混合するためには、金属元素の大部分が、太古の昔に供給されていなければなりません。私たちは、100億年前の若い宇宙が激しい星形成の時代を経たことを知っています。おそらくそのときに、多くの超新星爆発が起こり、その爆発エネルギーと、その時代の活動的なブラックホールからの強い風が、銀河外に金属元素を吹き出し、銀河間空間に混ぜ込んだのでしょう。このことは、Ia型超新星と重力崩壊型超新星の両方が宇宙の金属量増加に寄与し、宇宙が現在の1/3年齢のときには、すでに私たちが今日見る元素組成比とほぼ同じ値に至っていたことを意味します。つまり、長い間(間違いなく地球年齢よりずっと長い間)、砂浜や赤血球を形成するのに必要な元素は、豊富に存在し続けてきたのです。

 みんなが2016年の次世代X線天文衛星ASTRO-Hの打上げを熱望しています。というのも、ASTRO-Hに搭載されるカロリメータの優れたX線波長分解能は、ほかのどのX線天文衛星も寄せ付けない精密さで、銀河団の元素組成比を測定できるからです。これによって、いかにしてすべての元素が生成され宇宙に散布されたのかについて、これまでよりずっと多くのことを学ぶことができるのです。

(オーロラ・シミオネスク, 日本語訳:勝田 哲)


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