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宇宙科学の最前線

銀河団の元素組成は一様だった JAXAインターナショナルトップヤングフェロー Aurora Simionescu

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 直感に反するようですが、これらの質問への答えは、実は星自身ではなく、むしろ星のない銀河と銀河の間の空間を観測することによって見いだすことができます。なぜなら、宇宙の「普通の物質」(※4)のほとんどは、星ではなく銀河間に充満する非常に高温で希薄なガス(プラズマ)に含まれているためです。従って、炭素やそれ以外の重い元素(ひっくるめて「金属」と呼びます)もほとんどは銀河間にあるのです。これは、銀河の大集団である「銀河団」で特に顕著です。銀河団においては、普通の物質の約90%が、X線を放射する高温の「ICM(intra-cluster medium、銀河団を満たす物質)」と呼ばれるプラズマなのです。ICMの化学組成比は、X線分光観測によって測定できます。元素は特定のエネルギーの光(輝線)を放射する性質があるため、輝線の波長からその放射源の元素を特定し、輝線強度から元素量を推定できるのです。

 私は、大学院の1年目からずっとこのアイデア──我々の宇宙の構成要素をX線で解明すること──に興味を持ち続けてきました。ところが、ほぼ10年前の当時を振り返ると、銀河団の非常に高密度かつ明るい領域(中心部の差し渡し数十万光年の領域。大きいように見えますが、典型的な銀河団の総体積のほんの0.1%でしかありません)を除き、ICMの元素組成比を高精度で測ることは非常に困難でした。その当時は、銀河団の半径とともに元素組成比が変化する、つまり、中心部は鉄などのIa型超新星由来の元素を多く含み、一方で外縁部は重力崩壊型超新星のみが金属の供給源となっている、という興味深い研究結果がいくつか報告されていました。しかし、中心からの距離が大きい場所ではX線の放射が弱く、しかもバックグラウンドノイズが大きいため、その結果に確信を持てなかったのです。実際、論文によって結論が異なることもしばしばでした。

 X線天文衛星「すざく」は、この問題の解決を目指し、何週間にも及ぶ長時間の観測を行いました。「すざく」のバックグラウンドノイズは、現在運用中のほかのX線検出器よりも低いため、銀河団外縁の淡い領域における元素組成パターンを従来になく高い精度で測定することに成功しました。最も近傍で明るいペルセウス座銀河団の初期観測成果では、銀河団間ガス中の鉄の存在比が非常に一様に分布することが示されました。これは、過去の観測が示唆していたこととは裏腹に、銀河団外縁部が重力崩壊型超新星のみならずIa型超新星も金属量の増加に寄与していたことを示唆しています。しかし、このような非常に大きな空間サイズで、どちらの種類の超新星がICM中の金属を供給したのかを本当に明らかにするには、2種類の超新星の元素組成比パターンを直接比較する必要があります。つまり、Ia型超新星の生成物だけでなく、重力崩壊型超新星によって支配的に供給される元素の組成比も測定しなければなりません。これはペルセウス座銀河団では不可能でした。というのも、この天体の平均的なガス温度では、鉄以外の元素からの輝線は非常に微弱で検出が困難だからです。そのような測定には、ペルセウス座銀河団より温度が低く、それゆえ重力崩壊型超新星に由来する元素の輝線が相対的に強い銀河団を観測することが必要です。



(※4) 普通の物質:最新の研究では、宇宙は約4%の星や我々をつくっている物質(バリオン)、約23%のダークマター、約73%のダークエネルギーから構成されているとされる。本稿で「普通の物質」と言っているのは、このうちの「バリオン」のことである。

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