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宇宙科学の最前線

宇宙空間における粒子加速問題と木星磁気圏 惑星分光観測衛星プロジェクト/宇宙航空プロジェクト 研究員 吉岡和夫

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 宇宙空間を満たす希薄なガスは、イオンと電子から成るプラズマで構成されているため、電磁場の影響を受けます。また逆に、プラズマの運動は電磁場を変動させます。さらに、希薄な状態では、粒子同士の頻繁な衝突がありません。そのため、一部の少数の粒子が極めて高いエネルギーを獲得できるようになります。実際、宇宙空間を満たす高エネルギー粒子(宇宙線)の存在量は宇宙環境を規定する基本量の一つですが、それらは星が一生の最後に起こす超新星爆発に伴ってできる衝撃波で加速されると考えられています。また、太陽のコロナ大気も、爆発現象で加速された粒子が飛来することで、惑星周辺の宇宙環境を変動させています。このように、宇宙空間における粒子加速の仕組みを理解することは、宇宙物理学における重要問題の一つです。

 我々の太陽系は、太陽から噴出されるプラズマ(太陽風)で満たされています。一方、地球や木星は、巨大な磁石のような磁場を持っています。これらの磁力線(図1の青線)はプラズマを捕らえ、その運動を制約するため、太陽風から見ると障害物です。こうして起こる太陽風と惑星磁場の衝突が、惑星周辺に「磁気圏」という領域をつくります。磁気圏の中は、太陽風プラズマで変形された惑星の磁力線と、太陽風や惑星大気に起源を持つプラズマで満たされています。今回の研究の舞台である木星磁気圏は、磁場が非常に強い、周期10時間という高速自転とともに磁力線も回転している、衛星イオの火山から出たガスが高密度プラズマとして木星周辺を漂っている、という三つの大きな特徴を持っています。

 木星近傍の磁力線は、棒磁石と同じように双極子に近い形状をしており、大きな変形はありません。この領域を内部磁気圏と呼びます(図1 A)。一方、木星から離れた領域では、自転の遠心力で磁力線が引き伸ばされます。ここでは磁力線が柔軟に変形できるため、通常は交錯し得ない磁力線同士が衝突・結合します(磁気リコネクション)。その結果、引き伸ばされたゴムのようにエネルギーを蓄えた磁力線が、プラズマ粒子に運動エネルギーを与え、約10keV(1万ボルトで加速された電子と同等)の高温電子がつくられます(図1 B)。

 ところで、磁場の強い領域へプラズマが侵入すると電磁波が生じ、この波に乗って、電子はさらに加速されます。また、「磁場強度と粒子エネルギーの比は一定を保つ」というプラズマの性質を考慮すると、もし非常に磁場強度の高い木星内部磁気圏にプラズマが侵入できれば、特に大きな加速が期待できます。さらに、内部磁気圏の双極子磁場はプラズマにとってバリアのように振る舞いそれらを捕らえるため、木星の近傍では高エネルギー粒子をため込めるはずです。このようにして高エネルギー粒子が捕獲された領域を放射線帯(地球ではバン・アレン帯)と呼びます(図1 C)。木星の場合、放射線帯の電子エネルギーは50MeVにも達することが知られています。木星は、太陽系における最大・最強の粒子加速器として働いているのです。

 さて、「強い磁場はバリアのように振る舞いプラズマを捕らえる」と書きました。これは逆に言えば、「プラズマの侵入が容易でない」ことを意味します。つまり、放射線帯粒子の加速メカニズムを理解する上での関門は、本当に「内部磁気圏への電子の侵入」が定常的に起きているのか、という疑問でした(図1 D)。これまでその観測的証拠を捉えた例はありませんでしたが、我々は惑星分光観測衛星「ひさき」のデータを用いて世界で初めてその証拠をつかむことに成功しました。その鍵は衛星イオでした。


図1 木星磁気圏の模式図
図1  木星磁気圏の模式図 [画像クリックで拡大]
木星内部磁気圏には衛星イオの火山ガスを起源とする高密度プラズマ領域(イオプラズマトーラス)があり、そのさらに内側には超高エネルギー粒子が集まっている(放射線帯)。これらのエネルギー構造を生成・維持するためには、外側(磁気圏尾部)で磁気リコネクションを介して磁場エネルギーを受け取った高温電子が、木星近傍まで輸送されてくる必要がある。しかし強固な磁場に守られた内部磁気圏までの侵入は自明ではない。

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