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宇宙科学の最前線

ARTSAT:衛星芸術プロジェクト 久保田晃弘 多摩美術大学 教授

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 皆さんは、超小型衛星をご存知でしょうか?ロケットや衛星というと、何だか大きくて高価なものを想像する人が多いかと思いますが、コンピュータや携帯電話の小型化と同じように、最近では重量が数十kg以下の超小型衛星が世界中で運用され始めています。中でも大きさわずか10cm角、重さ1〜2kgのCubeSat(キューブサット)は、2003年に東京大学と東京工業大学の学生が世界に先駆けて打上げに成功して以来、さまざまな大学やベンチャー企業が開発に取り組み始め、2013年の11月末には、なんと1週間で65機もの超小型衛星が宇宙に打ち上げられるまでになりました。

 ARTSATプロジェクトは、こうした宇宙開発の裾野の広がりに触発され、これまで科学技術の視点から設計・開発されてきた衛星や宇宙機を芸術デザインの分野で活用しようという動機で、2010年からその活動を始めました*1

 2014年の2月28日には、ARTSATプロジェクトの初号機「ARTSAT1:INVADER」*2が、H-IIAロケット23号機の相乗りで、地球周回軌道に投入される予定です。このINVADERは、先ほど紹介した10cm角のCubeSatですが、衛星のデータをオープンに公開しそこからさまざまなメディアアート作品をつくるために打ち上げられる、世界初の「芸術衛星」です。かつては大型で高価だったコンピュータも、小型で安価なパーソナルコンピュータの登場で、コンピュータアートやデジタルデザイン、ゲームやエンターテインメント作品など、科学技術や理工系の枠組みにとらわれないさまざまな活用法が生まれました。超小型衛星の普及によって、宇宙と地上をつなぐメディアとしての衛星が、40年前のコンピュータと同じようにパーソナルなものになり始めています。これからの人工衛星は、今日のコンピュータと同じように、分野や文化の境界を超えて社会の中で多様に使われていくようになるでしょう。INVADERは宇宙開発の専門家から見れば本当に小さな衛星ですが、僕らクリエーターにとっては大いなる飛躍なのです。

 ARTSATプロジェクトのもう一つの重要なポイントは、それがいつの時代にも創造の源泉となる「異分野コラボレーション」の実践になっていることです。プロジェクトは、多摩美術大学と東京大学のコラボレーションを軸として始められました。衛星をつくる側(工学系)と使う側(美術系)が、プロジェクトの開始時から一緒に議論し、考えを共有しながらアイデアをまとめ、共同で制作する衛星そのものを異分野間の共通言語として、さらにイメージを膨らませていきます。それぞれの得意分野を生かしながら、互いが未知の世界にチャレンジするという有機的な異分野コラボレーションは、実際の現場では、起こそうと思ってもなかなか起こるものではありません。

 ARTSATプロジェクトが実現したいのは、衛星や宇宙を日常生活の中で身近に感じられる社会です。普段は目には見えなくとも、衛星は地球のまわりを音もなく超高速で回り続け、さまざまなデータを送ってくれます。芸術衛星に、科学調査や工学実証のような特別のミッションはありません。衛星から送られてくる、温度や明るさ、姿勢などの身近なデータを使って、人間の知覚や感覚に訴えるメディアアート作品を制作したり、衛星の動きや状態、周囲の環境と連動した家具やアクセサリーなどの日用品やアプリケーションをデザインしたりすることで、生活の中に衛星や宇宙の感覚を取り入れていきたいと思います。

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図1 芸術衛星INVADERのフライトモデル


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