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宇宙科学の最前線

超新星残骸のX線精密分光観測 XMM-Newtonによる先駆けとASTRO-Hへの展望 ASTRO-E II(すざく)プロジェクト研究員 勝田 哲

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超新星残骸

 大質量の恒星は進化の最終段階に超新星爆発を起こし、ほぼすべての恒星物質を星間空間にまき散らします。その爆発エネルギーはすさまじく、爆発後10日ほどで迎える最大光度は一つの銀河全体にも匹敵し、はるか遠方で起こった超新星でさえ観測できます。飛び散る恒星物質は、光速の10%にも達する超音速(マッハ1000以上)で星間空間に広がります。その前面には強い衝撃波が生じ、そこに取り込まれた星間物質は極高温(100万度以上)に加熱され、電子と原子核が分かれたプラズマ状態になります。一方、掃き集められた星間物質の量が増えてくると、外側の恒星物質が減速されます。そこへ内側から自由膨張する恒星物質が超音速で追突し、衝撃波加熱が起こります。こうして超新星爆発の跡には、星間物質と恒星物質が二層構造を成す、巨大な高温プラズマ雲が形成されます。これが超新星残骸(SuperNova Remnant:SNR)と呼ばれる天体です。我々の銀河系と近傍の銀河に総計400個ほど知られています。

 SNRは派手で目を引きやすい天体というだけでなく、現代天文学において重要な役割を果たしています。例えば、水素とヘリウム以外の元素は宇宙開びゃく時から存在したわけではなく、恒星内部や超新星爆発の際につくられ、SNRを介して徐々に宇宙に満ちていきました。そのため、SNRの元素組成比や存在量を調べることは、宇宙の化学進化史をひもとく鍵を握っています。また、宇宙空間を飛び交う謎の高エネルギー粒子「宇宙線」は、主にSNRの衝撃波で加速されると考えられており、加速メカニズム解明に向けて精力的な研究が続けられています。地上の実験室で再現することが難しい、非平衡状態(過渡状態)の極高温プラズマを観察できる貴重な実験室という側面もあります。また、近い将来には、超新星爆発に伴う重力波(一般相対論が予言する時空のゆがみ)が直接検出される期待も高まっており、SNRや超新星研究の重要性はますます大きくなっています。


X線によるSNRの分光観測

 SNRは電波からガンマ線までさまざまな波長で観測できますが、前述の通り高温プラズマ状態にあるため、一般にX線で最も効率よく放射します。X線放射は、高階電離した重元素イオンからの輝線(特性X線)を多数含みます。その解析からプラズマの元素組成比、存在量、温度、速度などの物理情報を引き出し、元素合成モデルを直接検証したり非平衡プラズマを診断したりできます。さらに、スペクトルを場所ごとに抽出・解析することで、爆発の構造を探ることも可能です。

 このような輝線解析に立脚した研究は、分光観測(X線光子1個1個のエネルギーを高精度で測りエネルギースペクトルを得ること)が基本となります。日本は、X線CCDカメラを世界に先駆けて1993年打上げのX線観測衛星「あすか」に搭載して以来、ここ20年間のSNRの分光観測をけん引してきました。X線CCDカメラは、エネルギー分解能(E/ΔE〜10@λ=22.1Å ※1)と空間分解能を併せ持つ優れた撮像分光装置です。異なる元素、異なる電離状態にあるイオンからの輝線を分離することに成功し、数多くの重要な成果を挙げてきました。ただし、X線CCDカメラでは輝線を分離し切れていないことが分かっており、主要な輝線を1本1本分離するには、さらに1桁ほど高い分光能力が必要でした。これを実現すべく、次世代のX線精密分光装置「マイクロカロリメータ」の開発が、世界的に推進されてきました。日本はそこでも先手を打つ準備を整えており、次期X線天文衛星ASTRO-Hにいち早くマイクロカロリメータ(Soft X-ray Spectrometer:SXS)を搭載する予定です。


※1 λは光の波長を表し、1Å(オングストローム)は100億分の1m。X線は0.1〜100Å程度の波長を持つ光である。

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