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宇宙科学の最前線

ソーラーセイルによる深宇宙航行技術の実現 宇宙飛翔工学研究系 助教 津田 雄一

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 2010年5月に打ち上がった小型ソーラー電力セイル実証機「イカロス(IKAROS)」は、すべての技術目標を完遂し、現在も太陽系空間を航行中です。2013年6月現在の総飛行距離は約30億km。3年間の飛行で、太陽光圧による加速は秒速400mに達しました。

 本稿では、私の専門であるアストロダイナミクスの視点から、ソーラーセイル技術の研究・開発・運用の成果を振り返りたいと思います。

研究:遠心力展開技術の実現

 私の専門からすると、ソーラーセイルを宇宙で航行させたい。しかしその実現のためには、ソーラーセイルをいかにつくり、いかに展開させるか、から考えなければなりませんでした。そこには、材料・構造・動力学の奥深い世界が待っていたのです。

 ソーラーセイルの展開方式については、私たちは当初から、膜面全体が回転することによる遠心力だけで展開する方式に着目して研究を開始しました。世界のソーラーセイル研究の多くは、伸展式の帆桁に膜面を取り付ける方式を採用しています。それに対し遠心力展開方式は、展開機構が軽量で、セイルサイズの設計の自由度が高いなどのメリットがありました。また、世界とは違う方式を選ぶことで、研究に独創性と存在感を持たせるという戦略眼が働いた結果でもあります。

 私たちのソーラーセイル研究では、特に展開挙動の把握と制御に重点を置きました。セイルは、非常に薄くて大面積でなければなりません。自然、挙動の把握が難しいしわや折り目を扱うことは避けて通れません。図1は、遠心力展開における、セイルの折り目やしわに蓄えられたひずみエネルギー(ここでは、内部エネルギーと呼ぶ)の履歴を模式的に表したものです。理想的な展開とは、遠心力が働くことで内部エネルギーが単調に減る(図1A)ことです。そうすれば必ず、エネルギー最小の完全展開に至ることができます。しかし、現実はそう単純ではありません。途中に極小点がある折り方(図1B)や、激しい展開挙動のために運動エネルギーと内部エネルギー交換が大きく異常モードに陥る状況(図1C)は、容易に起こり得るのです。どうすればAのような理想的な展開が実現できるか? それが、私たちが答えるべき究極の問いでした。

図1
図1 遠心力展開のエネルギー遷移模式図


 非常に薄い膜面は、空気中ではちょっとした気流でひらひらと揺らぎ、重力下ではすぐにだらりと垂れ下がります。実験の敵は、空気と重力。この2つの影響を消し、セイル展開を検証するために、最初の5年間、あらゆる実験を行いました。真空槽内でセイルを回転させながら落下させたり、大気球を使い高高度で展開実験をしたり、回転する密閉容器内でセイルを展開させたり……。一つの集大成として、2004年にはS-310観測ロケット34号機で、宇宙空間での10m級セイルの遠心力展開を成功させました。2007年には、大気球で20m級セイルの展開も成功させています。

 これらの実験の結果を反映することで数値シミュレーション技術を向上させ、その上で、実験不可能な大きさのセイルを、計算のみに頼って設計できる環境をつくり上げました。

 イカロスで採用されたセイルの折り畳み方は、当初は「津田折り」と呼ばれましたが、その後メンバーのいろいろなアイデアが加味されて、「正方形膜」と呼ばれるようになりました。折り目がすべて直線で構成されるため製造性が良く、遠心力展開方式と相性が良いなどの利点がある折り方ですが、私たちが特に気に入っているのは、この折り方にはまったく切れ目が要らないことです。日本の折り紙文化の美しいところは、まったくはさみを使わずに、さまざまな造形ができることだと思っています。だからこの折り方は、日本が発信するソーラーセイル技術にふさわしいではないか! そんな日本人としての美意識も、このセイルに込められた私たちのこだわりなのです。

 イカロスプロジェクト発足後、この正方形膜も含め数多くの折り方が候補に挙がり、所内外の構造・材料のエキスパートの先生方と共に「セイル構造部会」と「セイル材料部会」という2つの研究会を発足させて、微に入り細にわたる評価を行いました。候補の中には、正方形膜をはるかにしのぐ驚くべき数学的美しさを持ったものもありました。一つのセイル方式を決めるために、百を超える評価基準に照らして、議論を尽くしました。この検討会に加わった先生方との毎週のように続いた夜通しの議論は、忘れられない思い出(悪夢!?)です。

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