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宇宙科学の最前線

ジオスペース探査衛星 ERGプロジェクト 太陽系科学研究系 准教授 高島 健/名古屋大学 太陽地球環境研究所 准教授 三好由純

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ジオスペースとは

 地球のまわりの宇宙空間、ジオスペース(geospace)。ここは太陽から噴き出しているプラズマ流(太陽風)と地球の磁場、超高層大気がダイナミックに相互作用している世界です。地球表面から宇宙空間に向かうにつれて、熱圏、電離圏、そして磁気圏と呼ばれる中性大気から電離気体であるプラズマが支配的な領域へと変化していきます。図1に、ジオスペースの概念図を示します。例えば、皆さんがよくご存じのオーロラは、このジオスペースで起きている最も魅力的な現象の一つで、宇宙空間にある電子やイオンが地球の超高層大気に降り込むことによって発光します。

 ジオスペースは、私たちの生活に関わるたくさんの人工衛星が運用されている領域でもあります。例えば、気象衛星「ひまわり」や多くの通信衛星は、静止軌道と呼ばれる高度約3万6000kmを飛翔しています。一方、日本人宇宙飛行士も活躍している国際宇宙ステーションは、地球に近い高度数百kmの電離圏上部を飛翔しています。このように、ジオスペースは人類が利用し、そしてこれから本格的に進出する最も身近な宇宙なのです。

 ジオスペースには、さまざまなエネルギーを持ったプラズマや粒子が存在しています。1電子ボルト(温度が約1万度)以下の“冷たい”プラズマである「プラズマ圏」、数〜数十キロ電子ボルトのエネルギーを持ちジオスペースに強い電流を流したりオーロラを光らせたりする「プラズマシート・環電流」、そしてメガ電子ボルト以上のジオスペース最高のエネルギーを持つ「放射線帯」と、6桁以上異なるエネルギー帯のプラズマや粒子から構成されています。

ジオスペースと宇宙天気予報

 ジオスペースは、決して静かな場所ではありません。太陽での爆発現象などに伴う擾乱によって、激しい太陽風がジオスペースに到来すると、宇宙嵐(geospace storm)と呼ばれる大変動現象が発生します。このとき、ジオスペースにはとても強い電流が流れ、また北極や南極では激しいオーロラ活動が発生します。

 このとき、放射線帯の粒子はとても不思議な振る舞いをします。宇宙嵐が起こると、それまで放射線帯に存在していた電子は一度消えてなくなります。そして、宇宙嵐が収まっていくにつれて再び出現し、そして宇宙嵐が起こる前よりも数が増えることもしばしば起こります。

 では、どうして宇宙嵐が起こるとエネルギーが高い電子の数が増えていくのでしょう? その仕組みについてさまざまな可能性が提案されていますが、まだよく分かっていません( 『ISASニュース』2006年5月号 参照)。アイデアの一つは、「外部供給」と呼ばれる考え方です。図1のプラズマシートと呼ばれる場所から放射線帯の中に、電子が供給されるというものです。一方、最近注目されているのは、「内部加速」と呼ばれる、放射線帯の中でプラズマの波と電子がエネルギーを交換して放射線帯のエネルギーが高い電子が増えていくというものです。この内部加速では、環電流・プラズマシート、プラズマ圏といった異なるエネルギー階層のプラズマ・粒子群すべてが、プラズマの波を介して動的に結合し、放射線帯の電子を増やすのに関わっていきます(このことを「エネルギー階層間結合」と呼びます)。

 宇宙嵐のようなジオスペースの変動現象は、人間の宇宙活動を脅かす危険な存在でもあります。高緯度地方では、宇宙嵐のときに流れる強い電流によって電力施設が影響を受け、広範囲に停電が起こることがあります。また、電離圏の状態が乱れることによって、衛星を利用した通信や放送、GPS信号に影響が出ることもあります。さらに、放射線帯のエネルギーが高い粒子は、人工衛星の異常や故障を引き起こしたり、宇宙飛行士の健康に影響を及ぼしたりします。

 このような私たちの生活に密接に関わる宇宙空間の現象のことを、宇宙天気(space weather)と呼び、その変動の予測のことを天気予報になぞらえて宇宙天気予報(space weather forecast)と呼びます。ジオスペース環境の把握とその変動の予測は、私たちが宇宙を利用していく上で必要不可欠なものになっています。そして、放射線帯粒子の変動の理解と予測は、宇宙天気研究の中でも最重要課題として位置付けられています。

図1
図1 太陽─地球系の概念図
太陽から噴き出す超音速のプラズマ流(太陽風)によって地球磁気圏が形成される。ERG衛星が探査するのは、放射線帯と呼ばれる領域である。(courtesy of K. Seki, Nagoya University)


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