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宇宙科学の最前線

化合物半導体を用いた高機能集積回路の開発と宇宙応用 宇宙機応用工学研究系 教授 川崎 繁男

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宇宙応用への展開

 これまでに紹介した技術は、民生用として発展してきたものですが、宇宙用としても展開できる技術です。現在の民生用高機能集積回路としては、Siを用いたデジタル信号処理の超大規模集積回路(超LSI)が主流となっていますが、近年、マイクロ波帯でもSiを用いたRF-CMOSと呼ばれるマイクロ波アナログ集積回路ができるようになってきました。その性能はまだ化合物半導体のMMICには及びませんが、これら3者を組み込んだHySIC・RF-Mixed Signal ICと呼ぶ高機能集積回路を筆者らは提案しています。HySICとはHybrid Semiconductor Integrated Circuitのことで、Siベースのアナログ・デジタル混成IC上に、化合物のMMICを融合させたシステムオンチップです。

 モジュールレベルでは、前記高性能デバイスやMMIC増幅器と小型アンテナを集積化したアクティブ集積アンテナ(Active Integrated Antenna : AIA)の試作を行ってきました。さらに、機械的な操作ではなく、制御電気信号によりアンテナビームの方向を変化させる電子ビーム走査型アクティブ集積アレーアンテナ(Active Integrated Phased Array Antenna : AIPAA)を実現しようとしています。これらはHySICと組み合わせて、衛星搭載用電子機器の集積化による小型軽量化や、衛星内のワイヤハーネスをなくしてペイロードの課題を低減する衛星内ワイヤレス通信化を実現するために必要な技術だと考えています。

 MMICではありませんが、高性能デバイスを用いた高出力増幅器(HPA)では、周波数帯が2から4GHzのS帯、および、8から12GHzのX帯で動作する、GaNの半導体デバイスを用いた場合で100W級、これを並列合成させた回路の場合で200W級固体高出力増幅器を設計・試作し、その高効率化に成功しました。この増幅器では、デバイスを動作させる直流電力を効率よくマイクロ波で出力させるように高い変換効率が要求されますが、我々の場合63%という値を達成しました。これは、従来の電子管より優れた性能を実現できています。これらを固体冷却器(ペルチェ素子)と組み合わせたコンパクトな固体電子高出力増幅器(SSPA)を試作し、1kW出力を達成できました。図3にそれを示します。放送用の基地局や宇宙通信用のグラウンドステーションに装備することができます。地上の宇宙通信基地局用として、20kW級のSSPAの試作も検討されています。これらの固体増幅回路は宇宙エレクトロニクス技術の一つとして、電波衛星追跡用大型アンテナに適用され、各種科学衛星や地球観測衛星との交信への利用が期待されています。

図3
図3 S帯1kW級固体増幅装置


 近年ではこれらの技術を結集させ、グリーン・エコ技術による環境エネルギー問題の解決に対して、電波技術を用いる研究開発に取り組んでいます。これは原理的に、変調されていない電波で電力を無線で送ること(ワイヤレス電源)を利用しています。それにより、ロボットへのマイクロ波電力伝送を世界に先駆けて実施し、成功しました。さらに、宇宙船などの重量を軽くし安全性を高めるため、宇宙機内部に張り付けられたセンサへの無線電力伝送の研究も行っています。これら技術は、早期に民生用や宇宙用に適用されることが望まれています。

受賞に当たって

 化合物半導体を用いた集積回路とシステム応用に関して、このたび電子情報通信学会より、エレクトロニクスソサイエティ賞という名誉ある賞を頂きました。これは、電子情報通信学会の中のエレクトロニクスソサイエティ、化合物半導体および光エレクトロニクス分野において本寄稿と深くつながる題目である「高機能化合物集積回路の開発と宇宙応用への展開」について、受賞したものです。

 ここ20年間の私の研究は、エレクトロニクス技術の中で、マイクロ波・ミリ波ものづくり技術を、化合物半導体デバイスと高周波集積回路技術を中心とし、素子としてのアンテナと融合することでした。実物を試作することにより設計、製作、評価の各ステップでの新規性を主張してきました。宇宙研およびJAXAはもちろん、大学や企業の研究者でエレクトロニクスソサイエティでご支援いただいた皆さまに、心より感謝致します。エレクロニクスソサイエティ賞受賞を機に、この分野でさらなる貢献を行っていくつもりです。今後とも、ご支援よろしくお願い致します。

(かわさき・しげお)



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