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宇宙科学の最前線

宇宙での結晶成長実験 学際科学研究系 准教授 稲富 裕光

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 宇宙環境の主な特徴として、さまざまな重力、雰囲気、宇宙線、広大な空間が挙げられます。そして“宇宙環境利用科学”とは、これらの特徴に注目して、(1)無対流や浮遊など宇宙環境の特徴を地上で利用する、(2)宇宙環境そのものを利用する、(3)宇宙環境で利用する、ことにより推進する、科学研究の総称です。

 本稿では、物質科学の一つの領域である結晶成長に関する日本での宇宙実験の経緯と今後の研究テーマ例について述べます。

「きぼう」以前の結晶成長実験

 結晶成長に伴い、その周囲の環境相では温度、濃度分布が多少なりとも不均一になり、重力環境下ではこれらの不均一が浮力対流の駆動力となります。結晶成長において対流は、(1)成長している結晶の形の対称性を崩す、(2)得られる結晶中の成分の不均一をもたらす、(3)成長界面で起こっている現象の解明を妨げる、などさまざまな影響があります。したがって、浮力対流や沈降など重力に起因する影響を極力抑制するという観点から、微小重力環境の有用性が注目されました。その結果、1992年の「ふわっと'92」第1次材料実験ミッション(FMPT)、1994年の第2次国際微小重力実験室(IML-2)、1996年の宇宙実験・観測フリーフライヤ(SFU)、1997年の第1次微小重力科学実験室(MSL-1)、2003年の次世代型無人宇宙実験システム(USERS)などで結晶成長実験が実施されました。

 この間、日本の研究者および技術者は、TR-1Aなどの小型ロケット、航空機、落下施設などを利用して、将来の宇宙実験に向けた技術開発や予備実験を進めてきました。日本が世界に誇る測定技術の一つとして、その場観察を紹介しましょう(図1)。宇宙実験の初期では、試料の分析はそのほとんどが試料回収後に行われてきました。しかし、宇宙実験での限られた装置重量・寸法、電力および実験回数を有効に利用するという観点では、現象を“その場”で観察・計測することは有望な方法です。結晶成長時の結晶またはその周囲の環境相が観察光に対して透明であれば、環境相中の溶質濃度・温度分布、また結晶の形の変化を画像として捉えることが可能です。

図1
図1 結晶成長のその場観察装置の例
1985年ごろに東北大学を中心とする研究者らが開発した。


 その後、微小重力環境を利用した長時間の本格的な実験は、2008年に国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟の利用が開始されるまで行われませんでした。しかしその間に、日本ではその場観察のほかに、流れの計測・制御、試料の浮遊などについてさまざまな世界最先端の研究手法が生み出されており、それらは今も地上での物質科学研究に生かされています。

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