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宇宙科学の最前線

「すざく」で探る銀河団プラズマの運動 学際科学研究系 助教 田村 隆幸

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「すざく」による発見

 2006年1月に大阪大学の林田清 准教授らは、日本のX線天文衛星「すざく」を用いて、こぐま座にあるA2256という銀河団を長時間観測することを提案しました。このA2256は大小2つのプラズマ構造を持ち、それらが合体する途中にあるように見える「衝突銀河団」の代表です(表紙)。「すざく」に搭載されているX線CCDを用いて、銀河団プラズマからのX線輝線のドップラー効果を測ることを目指しました。それによって、この2つのプラズマ構造の(地球と銀河団を結ぶ視線方向の)速度を測定します。このような測定は、「すざく」以前にも試みられています。しかし、過去の測定では精度が不十分でした。私たちは、「すざく」の検出器の性能を十分に評価した上で、このような難しい測定に挑みました。

 2006年11月の観測後、大阪大学の大学院生であった長井雅章氏がデータ解析を行い、1600±700km/sという2つのプラズマ構造の速度差を見つけました。その後、しばらく時間が空きますが、その間に検出器のエネルギー較正の解析が進み、十分な精度が得られる自信が芽生えてきました。そこで2010年8月に、田村は林田氏らと相談し、大阪大学の大学院生の上田周太朗氏と共同でデータの再解析を試みました。測定に間違いがないよう注意深く誤差を検討しました。その結果、誤差をさらに小さくすることに成功し、銀河団の大小の2つの構造の速度差は、およそ1500±300km/sと測定できました(図1)。これらの構造は、高速で衝突しつつあり、数億年後には合体すると予想されます(図2)。

図1
図1 銀河団A2256の「小構造」の鉄ラインを含むX線スペクトル
このデータによって、「小構造」の後退速度(赤方偏移)を精密に測定した。(a)と(b)は、どちらも同じデータを誤差棒付きの十字で示す。(a)と(b)では、データを再現するためのモデル(階段状の実線)が異なる。(a)の場合は、データを最も正しく再現するモデル。この場合、「小構造」は「大構造」より小さな後退速度を持つ。(b)の場合は、「小構造」が「大構造」と同じ速度、すなわち互いに動いていないと仮定した場合のモデル。それぞれの図の下のグラフは、データとモデルの比を示す。(a)の場合はデータとモデルがよく合っているが、(b)の場合はデータとモデルにずれが見える。 このようなデータ解析を通じて、「小構造」が「大構造」に対しておよそ1500km/sで運動していることを測定した。


図2
図2 今回の測定から得られた「大構造」と「小構造」の衝突を上から見た模式図


 ドップラー効果を用いて銀河団プラズマの速度差を測定したのは今回が世界で初めてです。これは、「すざく」のCCDの感度とエネルギー決定の精度が、世界で最高レベルであることで可能になりました。衛星や検出器の開発や較正に関わってきた多くの研究者の地道な作業のおかげです。

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