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宇宙科学の最前線

「すざく」で探る銀河団プラズマの運動 学際科学研究系 助教 田村 隆幸

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はじめに:天体の運動を測る

 ハッブルは1929年に、遠くの銀河ほどより高速で我々から遠ざかっていることを発見しました。これは、宇宙が「ビッグバン」で始まり膨張している証拠になっています。1960年代には、我々の銀河系のガスの回転速度が、星が存在しないようなずっと外側に行っても落ちていかないことが、ルービンらによって発見されました。これは、銀河系の質量の大部分が星やガスではない未知の物質で占められていること、すなわち「暗黒物質」の発見です。また、1995年にメイヤーらは、ペガスス座51番星の運動を精密に測り、星のまわりを何かが回っていること、すなわち「太陽系外の惑星」を発見しました。これらの3つの発見に共通していることがあります。それは、ドップラー効果を用いて、それまで困難と思われていた精度で天体の運動を測ったことです。

 ドップラー効果とは、ある速度で動いている物体からの光が、元の波長と異なる波長で観測される現象です。救急車が向かってくるときと行き過ぎるときに音の高さが変化することと同じ原理です。放射や吸収線の波長の変化から、その速度を測ることができます。いずれも発見の当初は誤差が大きく、結果を疑う人も多かったといわれています。しかし振り返ると、先見性のある歴史的な発見です。このように、ドップラー効果による天体の運動の測定は、天文学の基礎となります。

 同じ原理を用いて私たちは、銀河団の中のプラズマの運動を調べました。もしかしたら、このような測定から新しい何か(暗黒エネルギー?)が発見できる日が来るかもしれません。私たちの「発見」について紹介します。

銀河団プラズマの衝突

 宇宙の中で、星は銀河として集まり、銀河はまた銀河団という集団をつくっています。この宇宙で最大の構造である銀河団からX線放射が見つかり、そこには目に見える星だけでなく高温のプラズマが存在することが発見されました(1960年代)。

 プラズマとは、原子が電子とイオンに分かれた電離状態のことです。地球上では、高い温度の特殊な場所でしか存在しません。宇宙では、普通の物質の大部分がプラズマとなっています。例えば、太陽の内部、銀河内の電離ガス、あるいはブラックホールのまわりの円盤などは、すべてプラズマです。

 銀河団のX線観測によって、プラズマの質量は星の総量を超えており、プラズマこそが宇宙にある(暗黒物質でない)普通の物質の最も主要な成分であることが分かりました。このプラズマは、1000万度から1億度という、とても高い温度になっています。星よりも多くの質量を持つ銀河間物質をここまで高温に加熱することは容易ではなく、このプラズマがどのようにして加熱されたかを知ることは、宇宙の構造形成を探る上で鍵となります。多くの天文学者は、小さな構造同士が衝突・合体を繰り返し、より大きな構造へと成長する過程でプラズマが加熱されたと考えています。言い換えると、銀河団のスケールでは、大部分の質量を占める暗黒物質が持っている重力エネルギーが、プラズマの運動エネルギーを経由して、その熱エネルギーに変換されたことになります。これまでの観測では、プラズマの温度の分布はよく調べられてきました。しかし、そのもとになったと考えられる銀河団プラズマの運動については、X線画像の解析によって、衝撃波などによるプラズマの形状の微妙な変化から推定することしかできませんでした。

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