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宇宙科学の最前線

X線で探る超新星残骸 理化学研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室 基礎科学特別研究員 勝田 哲

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 歴史上の有名人が観察したSNRについても、「Chandra」の画像データから精密に膨張率を導出することに成功しました。藤原定家の記したSN1006(図1)北東領域では、膨張速度を5000km/sと測定するとともに、周辺部のガス密度が0.085cm-3と低いことを初めて見いだしました。このSNRからは最近TeVガンマ線(TeV:テラ電子ボルト、テラは1012)も検出されていますが、私たちが測定した衝撃波速度や密度は、TeVガンマ線の起源を探る上で重要な手掛かりになると期待されます。また、ティコのSNR(SN1572)とケプラーのSNR(SN1604)でも、X線の膨張率の測定に成功し、ほかの波長との観測値に矛盾のないことを明らかにしました。

図1
図1 超新星残骸SN1006
右:「Chandra」で撮像された超新星残骸SN1006。赤は熱的放射、青はシンクロトロン放射に対応する。
左:北東領域の衝撃波の断面図。2000〜08年の間に衝撃波が進んだ様子が分かる。


 このように、SNR膨張率の測定からは、運動のほかにもさまざまな情報を引き出すことができます。「Chandra」と「XMM-Newton」がSNRのX線観測研究に新しい扉を開いたといえます。SNRのX線による膨張測定はまだ始まったばかりです。今後数年のうちに次々と面白い結果が得られるものと期待しています。

飛散する爆発噴出物から探る爆発の様子

 文学上の大問題の一つに、超新星爆発のメカニズムがあります。爆発原理の大枠は確立されているのですが、精密な爆発シミュレーションが成功しないのです。40年以上前からたくさんの研究者が観測と理論両面からこの問題に挑戦し続けていますが、いまだに解けない難問です。観測的には超新星に着目するのが一般的ですが、私たちはSNRに着目しました。SNR中の爆発噴出物(エジェクタ)の分布が爆発時に飛散したエジェクタの分布を反映するとの仮定を置き、爆発の様子を調べようと考えたのです。SNR観測のメリットは、エジェクタが大きく広がっているためその分布を詳細に測定できる点です。

 X線輝度が全天でベスト3のSNR、パピスA、はくちょう座ループ、ベラを「XMM-Newton」「すざく」「Chandra」で観測しました。これらのSNRはX線望遠鏡の視野より大きいので、その全体を観測するためには複数回のポインティング観測が必要です。そのため観測データは膨大な量になりますが、丁寧に場所ごとの分光解析を行いました。

 その結果、パピスAでは、エジェクタが北東部分に偏って分布することが判明しました(図2)。さらに、あるエジェクタ構造については、輝線がドップラーシフトしており、2000km/s程度のスピードでこちらに向かって飛んでいることも判明しました。エジェクタの強い証拠です。一方、このSNRでは中心付近に中性子星も発見されています。興味深いことに、「Chandra」の観測からその運動方向がエジェクタの偏りと反対方向であることが判明しており、エジェクタと中性子星が爆発時に反跳したことを示しています。私たちは、この反跳現象は爆発メカニズムを解く重要なヒントではないかと考え、さらに観測的研究を進めています。はくちょう座ループについても、エジェクタの分布に偏りがあることを見いだしていますが、中性子星はまだ見つかっておらず、その発見が待たれています。

図2
図2 超新星残骸パピスAのX線画像
全体像は「ROSAT」による。番号1、2と示した明るいX線構造が爆発噴出物(エジェクタ)起源と判明した。それらの構造の「Chandra」によるカラー画像を右下に示している。エジェクタ2はドップラーシフトの測定により、2000km/sでこちらに向かって飛んでいることが明らかになった。白・黄矢印は、それぞれ可視光で発見されたエジェクタとX線で測定された中性子星の固有運動ベクトル(1000年の期待値)。黄楕円領域は固有運動ベクトルから推定された爆発中心。エジェクタと中性子星が反跳していることが分かる。


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